飲食店・小売店・サービス店の経営者が立ち退きを求められたとき|営業補償・移転実費・借家権の三本柱で立退料を組み立てる実務
岡崎・豊田・安城・西尾といった西三河エリアで飲食店、小売店、美容室、整骨院、士業事務所、その他のサービス業を営んでこられた方が、ある日、賃貸人や管理会社から「建物の建替えのため」「再開発のため」「賃貸人の自己使用のため」として、立ち退きを求められる場面があります。
提示される立退料は、賃料の数か月分、数年分にとどまることが多いものです。「これは相場の範囲だ」と説明され、ご自身でもネット情報を調べてみると、住居用立退料の相場感が出てくるため、提示額がそれほど不合理に見えないと感じてしまうことがあります。
しかし、事業用テナント(店舗・事務所等)の立退料は、住居用とは全く異なる体系で組み立てられます。営業活動を継続するための補償、移転に伴う実費の補償、借家権そのものの補償という三本柱で、住居用とは桁の違う水準の立退料が認められる事案が珍しくありません。
このページは、事業用テナントの経営者が立ち退きを求められたとき、立退料をどのように組み立てるべきかを、裁判実務と公的補償基準の両面から説明します。
1 事業用と住居用は全く別の世界
事業用テナントの立退料が住居用と大きく異なるのは、立退料の構成要素そのものが違うからです。
住居用建物の立退料は、移転実費、転居先の賃料差額の何か月分から数年分、借家権価格などを目安に算定されます。総額として、数十万円から数百万円の範囲に収まる事案が多いものです。
これに対し、事業用テナントの立退料は、次の三本柱で構成されます。
第一に、営業補償です。立退きにより営業を一時休止・縮小・廃止しなければならないことに伴う逸失利益、固定経費、従業員休業の補償です。
第二に、移転実費です。営業設備・什器・在庫の移転費用、内装工事費、看板・広告費、得意先への通知費用、移転に伴う雑費の補償です。
第三に、借家権補償(または借家権価格)です。借家権そのものの財産的価値の補償、または賃料差額の補償です。
これらの三本柱を積み上げた結果、事業用テナントの立退料は、数百万円から数千万円、規模の大きな店舗では1億円を超える事案も判例上は存在します。
『別冊判例タイムズ38号』ではなく、ここでは公共用地の取得に伴う損失補償基準(いわゆる用対連基準)が事実上の参照基準となっています。同基準は、公共事業による収用に伴う損失補償のために定められたものですが、立退きの裁判実務でも事業用テナントの立退料算定の有力な指針として参照されています。
2 営業補償の中身
営業補償は、立退きにより営業活動が中断・縮小・廃止することに伴う損失の補償です。用対連基準では、営業補償は次の項目に分けられています。
(1)営業休止補償
移転に伴い営業を一時休止する場合の補償です。さらに次のように細分化されます。
収益減補償として、休止期間中の逸失利益(営業休止により得られなかった営業利益)の補償です。営業休止期間と、その期間の通常の営業利益を基礎に算定します。
得意先喪失補償として、移転により従来の得意先を一時的または恒常的に喪失することに伴う補償です。新規顧客獲得までに要する期間と、その間の売上減少を基礎に算定します。立地依存度の高い業種(飲食店、小売店、理美容室等)では、得意先喪失補償の比重が大きくなる傾向があります。
固定的経費補償として、営業休止期間中も支出を要する固定費(リース料、光熱費の基本料金、人件費の一部等)の補償です。
従業員休業補償として、営業休止期間中の従業員の休業手当相当額の補償です。
(2)営業廃止補償
移転先での営業継続が困難で、廃業せざるを得ない場合の補償です。事業用資産の取得・処分の差損、廃業に伴う各種の手続費用、廃業後の生活費補償(個人事業の場合)などが含まれます。
(3)営業規模縮小補償
移転先での営業規模を縮小せざるを得ない場合の補償です。縮小に伴う設備処分損、人件費削減費用などが含まれます。
これらのうち、実際の事案では営業休止補償の形で算定されることが多いものです。営業休止期間と営業利益の算定が、補償額を左右する重要な作業となります。
3 移転実費の中身
移転実費は、移転に伴う直接の出費の補償です。次のような項目があります。
工作物補償(内装工事費補償)として、移転先での内装工事、設備工事、看板設置、什器の据付けに要する費用の補償です。飲食店であれば厨房設備、給排気設備、客席の内装、什器類の据付け工事費が中心となります。美容室であればシャンプー台、セット椅子、内装工事費が中心となります。整骨院や治療院であれば施術台、待合スペースの工事費が含まれます。
動産移転補償として、什器、商品在庫、業務用機器、書類等の移転に要する費用の補償です。
移転雑費補償として、登記費用、登録変更費用、取引先への通知費用、移転に伴う事務費用、新しい看板や広告の制作費用などの補償です。
これらは見積書や領収書による立証が中心となります。移転前に複数の業者から見積もりを取得し、合理的な範囲の費用を主張立証していく作業となります。
4 借家権補償(借家権価格)の中身
借家権補償(または借家権価格)は、借家権そのものの財産的価値の補償です。
借家権の価値は、おおむね次の方法で算定されます。
第一に、賃料差額方式です。現在の賃料と移転先の市場賃料との差額に、一定期間(用対連基準では2年から5年分が目安)を乗じて算定します。
第二に、控除法(土地建物価格控除方式)です。自用の建物及び敷地の価格から、貸家及びその敷地の価格を控除して、所要の調整を行って得た価格を借家権価格とする方法です。
第三に、割合法です。更地価格に借地権割合と借家権割合を順次乗じて算定する方法です。
裁判実務では、これらの方法を組み合わせて借家権価格を算定することが多いものです。鑑定書を取得して立証することも珍しくありません。
ただし、近時の裁判実務では、借家権価格を別途上乗せせず、用対連基準による営業補償と移転実費を中心に算定する判例も増えています。借家権補償の位置付けは、事案によって異なります。
5 業種別の立退料水準
裁判実務で認められている事業用テナントの立退料は、業種、規模、立地、営業年数によって幅広い水準にあります。
飲食店として、客席20席から30席程度の規模で、数千万円台後半の立退料が認められた裁判例があります。立地依存度が高く、得意先喪失補償の比重が大きくなることが背景にあります。
小売店として、商品在庫を抱える業態では、営業休止補償と動産移転補償が積み重なり、数千万円規模の立退料が認められた事案があります。
サービス業として、美容室、理容室、整骨院、治療院、士業事務所などは、内装の特殊性、得意先の固定性などから、数百万円から数千万円規模の立退料が認められる事案が多いものです。
医療施設として、診療所、歯科医院などは、設備の特殊性が高く、移転に要する内装工事費が高額となるため、数千万円から1億円規模の立退料が認められた事案があります。
これらの水準は、具体的事情によって大きく変動しますが、住居用立退料とは桁の違う世界であることは確かです。
6 立退料を高めに引き出すための実務上の論点
事業用テナントの立退料を高めに引き出すためには、次の論点に踏み込む必要があります。
(1)営業利益の立証
営業休止補償の中核となる営業利益の額は、税務申告書、決算書、月次試算表などから立証します。
過去数年間の安定した営業利益を立証できれば、休止期間中の逸失利益として相当額の補償を主張できます。コロナ禍等の特殊事情で一時的に利益が落ちている場合、それ以前の安定期の数値を併せて示すことで、本来の収益力を立証することが考えられます。
(2)休止期間の主張
営業休止期間は、移転先の探索、内装工事、移転作業、得意先への告知、新規顧客の獲得などに要する期間として主張します。
業種、移転先の確保状況、内装工事の規模によって異なりますが、3か月から6か月、場合によっては1年以上の休止期間を主張することがあり得ます。
(3)得意先の固定性
立地依存度が高く、得意先の地域性が強い業種では、得意先喪失補償を厚く主張する余地があります。
地域に長年根付いた店舗、固定客の比率が高い業態(美容室、整骨院、地域密着の飲食店等)では、移転による得意先喪失の実額を立証することが効果的です。
(4)内装工事の特殊性
業種特性に応じた内装工事費を、複数の業者見積もりに基づいて立証します。
飲食店の厨房設備、医療施設の特殊設備、美容室の専用設備など、移転に伴って再構築が必要な設備の実額を積み上げます。
(5)代替物件の探索状況
近隣に同等の条件で営業継続できる物件があるかどうかは、立退料の水準に影響します。
立地、賃料、面積、業種適合性などの条件を満たす物件が乏しい地域では、立退料が高めに算定される傾向があります。代替物件の探索結果を客観的に記録しておくことが、立証に役立ちます。
(6)契約期間と更新の経緯
長期間の賃借関係、更新を繰り返してきた経緯は、借家権の安定性を示す要素として、立退料の水準に影響します。
契約書、過去の更新合意書、賃料の支払履歴などを整理しておくことが重要です。
7 賃貸人側の主張への反論
賃貸人側からは、立退料を低く抑えるために、次のような主張が出されることがあります。
第一に、建物の老朽化や耐震性の問題を理由に正当事由が強く、立退料は低額で足りるという主張です。これに対しては、老朽化の程度、耐震診断の信用性、補強工事による対応の可能性、賃貸人側の経済的合理性などを論じ、正当事由の強さを反論します(詳細は当事務所の別記事「築年数が古いから立ち退きは正当」をご参照ください)。
第二に、移転先の確保が容易であるという主張です。これに対しては、業種特性、立地依存度、賃料水準、内装工事費などを示し、移転の困難さを論じます。
第三に、テナント側の事情として、営業実態が乏しい、近く廃業予定であるなどの主張がなされることがあります。これに対しては、過去の営業実績、今後の事業計画などを示します。
第四に、立退料の積算根拠について、賃貸人側の鑑定書や見積もりを提出してくることがあります。これに対しては、当方からも鑑定書や見積もりを対置し、各項目の妥当性を争います。
8 訴訟前の交渉から訴訟まで
事業用テナントの立退きの解決は、おおむね次の流れで進みます。
第一段階として、賃貸人側からの立退き要請と立退料の提示です。書面または口頭で「○月までに退去してほしい」「立退料として○○円を提示する」という連絡が来ます。
第二段階として、テナント側での状況整理と方針決定です。営業継続の意向、移転先候補の有無、立退料の希望水準、賃貸人側の正当事由の強さなどを評価します。
第三段階として、代理人を通じた交渉です。立退料の積算根拠を提示し、賃貸人側の提示額を引き上げる交渉を進めます。
第四段階として、調停または訴訟です。交渉で解決に至らない場合、賃貸人側から建物明渡請求訴訟を提起される、またはテナント側から立退料確認や賃借権存続確認の訴訟を提起することがあります。
訴訟では、用対連基準に基づく立退料の積算を主張し、賃貸人側の正当事由の強さを争います。鑑定書の取得、業界の慣行の主張、判例の引用などを通じて、立退料の水準を高めに引き出すことを目指します。
9 テナント側で取るべき初動
立退き要請を受けたテナント側が取るべき初動は次のとおりです。
第一に、退去の意思を直ちに示さないことです。「分かりました」「考えます」と応じるだけでも、後の交渉で不利に働くことがあります。立退料の交渉が前提であることを明確にしておきます。
第二に、賃貸人側からの書面をすべて保管することです。立退き要請書、立退料提示書、口頭での説明のメモ、FAX・郵便物の全てを保管します。
第三に、営業実態を示す資料を整理することです。過去数年分の決算書、税務申告書、月次試算表、得意先の状況、従業員の状況などを整理します。
第四に、移転先候補を調査することです。近隣で同業の営業継続が可能な物件、賃料、内装工事費の概算などを把握します。
第五に、専門家への相談を早期に行うことです。事業用テナントの立退き交渉は、住居用と全く異なる専門領域であり、早期の専門家関与が結果を大きく左右します。
10 当事務所がお手伝いできること
当事務所は、事業用テナント(店舗・事務所等)の立退き交渉について、テナント側の代理人として対応経験を有しています。営業補償、移転実費、借家権補償の積算、賃貸人側との交渉、鑑定書の取得、訴訟手続の進行など、事業用テナントの立退きに必要な作業を進めます。
立ち退きを求められている事業者の方、提示された立退料が不十分と感じる方、訴訟を提起されている方は、次の資料をご持参のうえ、ご相談ください。
・賃貸借契約書、更新契約書 ・賃貸人・管理会社からの立退き要請書、立退料提示書 ・過去数年分の決算書、税務申告書、月次試算表 ・店舗の図面、内装写真、設備の状況が分かる資料 ・営業の実態(得意先、従業員、商圏)を示す資料 ・移転先候補の調査結果(あれば)
提示された立退料が住居用相場に縛られていると感じたら、事業用としての三本柱で組み立て直す余地があります。一度ご相談ください。
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