不貞の示談で見落とされる二大リスク|求償権放棄条項と、示談後に配偶者が離婚した場合の二重負担

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不貞の示談で見落とされる二大リスク|求償権放棄条項と、示談後に配偶者が離婚した場合の二重負担

配偶者の不貞相手から慰謝料を請求される立場になったとき、多くの方が気にするのは慰謝料の金額です。しかし、金額の交渉に集中しているうちに、本来もっと重要な二つの論点が、気づかれないまま示談書に書き込まれ、あるいは書き込まれないまま、後日大きな負担となって戻ってくることがあります。

一つ目は、求償権放棄条項です。不貞は不貞相手と配偶者の共同不法行為であり、一方が慰謝料を全額払えば、他方に対して責任割合に応じた負担を求められるのが原則です。ところが、示談書に「求償権を放棄する」という条項が静かに入っていると、この原則が封じられてしまい、請求された側は本来の半分負担で済むところを全額負担することになりかねません。

二つ目は、示談後に配偶者が離婚に進んだ場合の二重負担リスクです。不貞を機に夫婦関係が破綻し、示談が成立した直後に離婚が成立するという展開は、実務上相当数見られます。このとき、示談金を払った側には、離婚の財産分与や離婚慰謝料という別ルートの経済的損失がさらに追加される可能性があります。不貞慰謝料の示談で解決したつもりが、半年後に離婚の経済的損失まで抱え込む構図です。

このページは、求償権放棄条項の仕組みと落とし穴、示談後の離婚に伴う二重負担の構造、これらのリスクを示談段階でどう織り込むべきかを、実務の視点から説明します。

1 不貞慰謝料と求償権の基本構造

不貞行為は、不貞相手と配偶者の共同不法行為(民法719条)と理解されており、両名が連帯して損害賠償責任を負います。連帯債務の関係にあるため、請求を受けた配偶者の不貞相手側は、原則として全額を支払う義務を負います。

ここで問題になるのが求償権です。一方が全額を支払った場合、その支払者は他方に対し、それぞれの責任割合に応じた負担を求めることができます(民法442条、不法行為における共同不法行為者間の求償について最判昭和63年7月1日民集42巻6号451頁)。

不貞慰謝料の実務では、一般的に責任割合は不貞当事者の双方で5対5を基準とし、個別事情により6対4、7対3等に調整されます。上司・部下関係で上位側の積極的働きかけがあった場合、一方が既婚者であることを積極的に隠していた場合、家庭を壊す意図の強弱など、具体的事情で割合は動きます。

したがって、たとえば配偶者の不貞相手が配偶者側配偶者に慰謝料200万円を支払った場合、責任割合が5対5であれば、不貞相手は後日、配偶者本人に対し100万円の求償請求ができるのが原則です。

2 求償権放棄条項の落とし穴

この求償権を、示談書の中で静かに放棄させる条項が存在します。典型的な文言は次のとおりです。

「乙は、本件に関し、丙に対する求償権を放棄する」

ここで「乙」が不貞相手、「丙」が配偶者という構造です。この一文が入るだけで、不貞相手は配偶者に対する求償権を完全に失います。

(1)なぜこの条項が紛れ込むのか

示談は請求側配偶者と不貞相手の二者間で交わされるのが通例です。ところが、請求側配偶者にとっては、示談金を受け取った後に自分の配偶者が不貞相手から求償請求を受けると、その金銭は結局家計から支出されることになり、受け取った示談金の実質的価値が減じてしまいます。

そこで、請求側配偶者は自分の利益を守るため、不貞相手に求償権を放棄させる条項を示談書に組み込むインセンティブを持ちます。これは請求側代理人の実務として合理的ですが、不貞相手側にとっては相当不利な条項です。

(2)不貞相手側にとっての実質的負担増

仮に責任割合が5対5であれば、求償権放棄は実質的に示談金の半額を余計に負担することと同じ意味を持ちます。

例えば、示談金が100万円で、本来の責任割合が5対5であれば、不貞相手の実質負担は50万円です。しかし、求償権放棄条項が入っていれば、100万円全額が不貞相手の負担になります。

金額を下げる交渉に必死になっても、求償権放棄条項を見落としていれば、交渉成果は半分消えます。100万円を80万円に値切った交渉力で、求償権を維持していれば実質負担は40万円だったかもしれないのに、放棄を呑んでしまえば実質負担は80万円です。

(3)条項を見抜くポイント

「求償権放棄」と明示されていればまだ見抜きやすいですが、実際の示談書では次のような表現で紛れ込むことがあります。

・「乙は、本件に関し、甲及び丙に対して、本合意書に定めるもののほか何らの請求権を有しないことを確認する」 ・「乙は、本件に関する一切の権利を放棄する」 ・「本合意書の内容が、本件に関する全ての債権債務を清算するものであることを確認する」

これらの清算条項が、求償権まで含む射程で書かれていないかを、条項文言から丁寧に読み取る必要があります。単に「清算条項」と理解して読み流すと、配偶者に対する求償権まで放棄させられていることを見落とします。

(4)求償権を維持する交渉

求償権放棄条項が入った示談書案が提示された場合、不貞相手側が取るべき対応は次のとおりです。

第一に、求償権放棄を承諾する代わりに、示談金を半額程度まで減額するよう逆提案することです。請求側配偶者にとっても、求償権放棄を取るか示談金額を取るかのトレードオフですから、交渉の素材になります。

第二に、求償権放棄条項を削除した上で、示談金を受領する配偶者・配偶者間の内部の話として処理するよう提案することです。つまり、示談書上は求償権を維持し、配偶者が将来求償を受けるかどうかは夫婦間の問題として切り離します。

第三に、示談書の清算条項の射程を明確に限定することです。「本合意書は、乙(不貞相手)と甲(請求側配偶者)との間の請求関係を清算するものであり、乙の丙(配偶者)に対する求償権に影響を及ぼさない」という限定文言を挿入します。

3 示談後の離婚リスク──二重負担の構造

求償権の問題と並んでもう一つ重要なのが、示談成立後の離婚に伴う二重負担リスクです。

(1)離婚慰謝料と不貞慰謝料の関係

不貞慰謝料と離婚慰謝料は、概念上は区別されます。

不貞慰謝料は、不貞行為そのものによる精神的苦痛に対する賠償です。これに対し離婚慰謝料は、離婚そのものによって配偶者としての地位を失ったことによる精神的苦痛に対する賠償です。

最判平成31年2月19日民集73巻2号187頁は、夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、特段の事情のない限り、他方配偶者に対して離婚に伴う慰謝料を支払う義務を負わない、と判示しました。これは不貞慰謝料と離婚慰謝料の一般的な区別を明確にした重要判例です。

ただし、同判決は「特段の事情」がある場合を留保しています。不貞相手が夫婦を離婚させることを意図して不貞に及んだ、不貞相手の行為が婚姻関係破綻の直接的かつ強力な原因となった、といった事情がある場合には、不貞相手も離婚慰謝料の責任を負い得る余地を残しています。

(2)示談直後に離婚となった場合の経済的帰結

現実の問題として、不貞を機に婚姻関係が破綻に向かうことは珍しくありません。示談交渉中、あるいは示談成立直後に、配偶者と請求側配偶者が離婚に進むケースは実務上相当数見られます。

この場合、不貞相手が負うリスクは次のとおりです。

第一に、請求側配偶者が、離婚慰謝料を追加で不貞相手に請求してくる可能性です。最判平成31年2月19日の基準からすれば、多くのケースでは離婚慰謝料の追加請求は認められないと考えられますが、「特段の事情」があると主張される余地は残ります。

第二に、より現実的なのは、配偶者が離婚時に離婚慰謝料を請求側配偶者に支払い、その後、配偶者が不貞相手に対し、支払った離婚慰謝料の求償を主張する可能性です。ただし、離婚慰謝料は不貞相手との共同不法行為ではないのが原則ですから、求償の成否自体が争いになります。

第三に、配偶者が離婚によって財産分与の大部分を失い、結果として不貞相手との共同生活に経済的圧迫が生じるという間接的な負担です。示談金の半額を配偶者が肩代わりする形で家計から支出される状況が生じ得ます。

(3)示談交渉中の離婚リスクを織り込む視点

示談交渉中に配偶者が離婚を決意することは、不貞相手側のコントロールを超える事象です。しかし、リスクを織り込んだ示談書設計は可能です。

一つは、清算条項の射程を拡張する方向性です。「本件に関する一切の債権債務」という清算条項を、不貞行為だけでなく不貞行為を原因とする一切の損害賠償請求(離婚慰謝料を含む)を含む形で定義しておくことです。ただし、請求側配偶者がこれを呑むかは別問題で、離婚の具体的可能性が見えている段階では当然拒否されます。

もう一つは、示談のタイミングを調整する方向性です。配偶者側の婚姻関係がすでに破綻に向かっていることが明らかな場合、示談を急がず、離婚が確定してから示談交渉を進める、あるいは離婚不成立を前提にした条件付き示談にするという選択肢があります。

三つ目は、示談金を相場の下限に抑える交渉です。将来の離婚慰謝料追加請求のリスクを織り込み、当初示談で過大な金額を払い過ぎないようにします。

4 示談交渉中に配偶者側で起こりうる展開のシナリオ

示談交渉中に、配偶者間の関係が具体的にどう動くかを想定することが、示談の戦略を決めます。典型的なシナリオは次のとおりです。

シナリオA 配偶者間で関係改善、示談で確定的終結

最も落ち着いた展開です。不貞発覚後、双方の配偶者間で関係修復の努力が進み、不貞相手との示談で過去を区切り、夫婦として継続する。この場合、不貞相手から支払われた示談金は請求側配偶者の手元に残り、請求側配偶者にとっても望ましい結果となります。求償権放棄条項が組み込まれる動機もこの文脈で最も強く働きます。

シナリオB 示談成立後、半年〜1年以内に離婚

示談成立時には関係修復を装っていたものの、実際には修復困難であり、一定期間後に離婚に至るシナリオです。この場合、請求側配偶者は示談金を離婚時の生活資金に充て、不貞相手との経済的清算は終わっているため、不貞相手としては離婚慰謝料の追加請求を防ぐ論点が浮上します。

シナリオC 示談交渉中に離婚決定

交渉期間中に配偶者間の離婚協議が進み、離婚成立のタイミングと示談成立のタイミングが前後するシナリオです。この場合、配偶者側の代理人が、離婚成立後に不貞慰謝料と離婚慰謝料の双方を請求する戦略を取る可能性があります。不貞相手側としては、示談書で離婚慰謝料請求を含めた清算を狙う必要があります。

シナリオD 配偶者が不貞相手との関係を続け、配偶者・不貞相手間で内縁関係化

配偶者が請求側配偶者との婚姻関係を破綻させ、不貞相手との内縁関係に移行するシナリオです。この場合、不貞相手側は離婚慰謝料の「特段の事情」が認められるリスクが最も高くなります。判例で留保された「特段の事情」に最も近づく類型であり、示談金額も通常の不貞慰謝料の範囲を超え得ます。

各シナリオで求められる示談書設計は異なります。どのシナリオに近いかを見極めた上で、示談書の射程と金額を設計することが肝要です。

5 求償権と離婚リスクを同時に織り込んだ示談書の設計

求償権の扱いと離婚リスクの扱いを同時に示談書に織り込もうとすると、条項は複雑になりますが、骨格は次のとおりです。

不貞相手側にとって望ましい骨格は、求償権を維持し、清算条項の射程を不貞行為そのものによる損害に限定し、離婚慰謝料や将来の追加請求を含めないことです。

請求側配偶者にとって望ましい骨格は、求償権を放棄させ、清算条項を広く設定し、離婚慰謝料請求の可能性も含めて清算することです。

両者の利害は真逆ですから、現実の示談書は両者の妥協の産物になります。不貞相手側として譲れない線と譲れる線を明確にし、示談金額とのトレードオフで交渉するのが実務的です。

(1)譲ってもよい可能性がある論点

示談金の金額については、相場感の範囲内であれば議論の余地があります。転居義務、接触禁止、口外禁止などの行動制約条項も、適用範囲を限定した上でなら受け入れられる場合があります。

(2)譲りにくい論点

求償権放棄は、実質負担が倍になる性質の論点であり、相応の対価(示談金の大幅減額)がなければ受け入れるべきではありません。

清算条項の過度な拡張は、将来の離婚慰謝料請求まで防ぐことと引き換えに、本来の不貞慰謝料として過大な金額を払わされる構造を生みます。離婚可能性が低い事案では、清算条項を広げる対価として金額を上げる交渉は不利になりがちです。

6 当事務所の取扱事例──求償関係と清算合意で実質負担を抑えた件

当事務所が不貞相手方側で受任した事案で、請求側配偶者の代理人から示談書案が提示された事案があります。

示談書案には、金額の条項、接触禁止条項、口外禁止条項、違約金条項に加え、清算条項が含まれていました。清算条項の文言は、一般的な「本件に関する一切の債権債務を清算する」というものでしたが、その射程として求償権まで含むかが争点になり得る内容でした。

当事務所は、依頼者側で次の方針を取りました。

第一に、4者協議(双方の配偶者を含む話し合い)の場で、請求側配偶者が「慰謝料は請求しない」「今後双方連絡は取らず終わりにしたい」と発言していた点に着目し、既に清算合意が成立している余地を主張しました。

第二に、仮に清算合意が認められないとしても、依頼者の配偶者には請求側配偶者側に対する違約金請求権や再度の不貞に基づく慰謝料請求権があることを指摘し、相互の請求を相殺で処理する構成を提示しました。

第三に、示談書の清算条項の射程を不貞行為そのものに限定し、求償権を明示的に維持する文言を提案しました。

これらを組み合わせることで、当初請求額から大幅に減額した水準での解決に至り、かつ求償権の維持を織り込んだ示談書が成立しました。

この事例が示すのは、示談交渉では示談金の金額だけでなく、求償権の扱い、清算条項の射程、配偶者間の関係見通しなど、複数の論点を同時に見据える必要があるということです。

7 示談書案を受け取ったときに必ず確認すべき論点

相手方から示談書案を提示された場合、金額以外に次の論点を確認してください。

求償権の扱いとして、「求償権を放棄する」「一切の権利を放棄する」「本件に関する債権債務を清算する」といった文言がないかを確認します。ある場合、その射程と引換えに金額の減額交渉ができる余地があります。

清算条項の射程として、清算の対象が不貞行為に限られるのか、離婚慰謝料や将来の追加請求まで含まれるのかを確認します。

配偶者間の婚姻関係の見通しとして、請求側配偶者と自分の不貞相手の関係が修復方向にあるのか破綻方向にあるのかを推測します。これによって取るべき示談戦略が変わります。

不貞相手配偶者との連携の可否として、自分の配偶者が同時に請求側配偶者に対して違約金請求権や慰謝料請求権を持っていないかを検討します。同時行使できれば、相殺による処理で実質負担を大きく減らせます。

時系列のリスクとして、示談交渉中に離婚協議が進行していないか、示談直後の離婚可能性が高くないかを評価します。

8 当事務所がお手伝いできること

当事務所は、不貞示談について、請求側・請求される側の双方で対応経験を有しています。求償権の扱い、清算条項の射程、示談後の離婚リスク、配偶者間の相互求償関係、4者協議による清算合意の成否など、示談金額そのものを超える論点について、実務を踏まえた方針を提示します。

不貞示談の書面を受け取った方、示談書案を示されている方、配偶者との離婚可能性も見据えた示談を検討されている方は、次の資料をご持参のうえ、ご相談ください。

・示談書・合意書案(署名前の場合もそのまま持参) ・相手方代理人からの通知書・請求書・催告書 ・自身と配偶者の婚姻関係の状況が分かる資料 ・配偶者と請求側配偶者の婚姻関係の見通しに関する情報 ・経済状況、家族構成が分かる資料 ・職場関係(同一職場の場合)が分かる資料

示談書にサインする前の初動が、その後の実質負担と将来のリスクを大きく左右します。金額だけを見て判断する前に、一度ご相談ください。


お問い合わせ

あいち岡崎法律事務所
〒444-0864 愛知県岡崎市明大寺町字的場13-1 My Station Okazaki East 601
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