過失割合は「判タの基準図」だけで決まらない|修正要素の主張立証が結果を動かすという話
交通事故の示談交渉で、相手方の保険会社から「過失割合は8対2です」「9対1です」と告げられたとき、多くの方はその数字を疑いません。保険会社の担当者は経験豊富で、その数字には根拠があるはずだ、と感じてしまうのです。
しかし、保険会社が提示する過失割合は、最終的な数値ではありません。多くの場合、それは『別冊判例タイムズ38号 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準』(判例タイムズ社)が示す事故類型の基準図(基本図)を当てはめた数字に過ぎず、当該事故の具体的事情を踏まえた修正要素の議論が抜け落ちている場合があります。
修正要素には、著しい過失、重過失、幹線道路、速度違反、児童・高齢者の被害、夜間など多数の項目があり、修正要素の主張立証が成功すれば、過失割合は5%から20%、場合によってはそれ以上動きます。たとえば、保険会社の提示が「8対2」だった事案で、修正要素が認められて「9対1」になれば、損害賠償の総額が大きく変動します。総損害額が大きい事案ほど、過失割合の数パーセントの違いが数十万円から数百万円の差となって跳ね返ります。
このページは、過失割合の交渉で修正要素をどう主張立証していくかを、実際の交通事故訴訟の実務に即して説明します。
1 保険会社が提示する過失割合の出所
保険会社が交渉初期に提示する過失割合は、おおむね次のいずれかの基準に従って算定されます。
第一に、『別冊判例タイムズ38号 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準』(判例タイムズ社、改訂版が複数版あり)に掲載されている事故類型の基準図です。これは裁判例の集積を踏まえて事故類型ごとに基本過失割合を示したもので、裁判実務でも参照される基準です。
第二に、保険会社の社内の過失認定基準です。各保険会社は判例タイムズの基準を参照しつつ、独自の運用基準を持っていることがあります。
第三に、損害保険料率算出機構が公表する自賠責保険の支払基準です。これは自賠責の範囲内での処理に使われます。
問題は、保険会社が提示する過失割合の多くが、基準図の基本過失割合をそのまま当てはめたものに過ぎず、当該事故の具体的事情を踏まえた修正要素の議論が反映されていないことが多い、という点です。修正要素の存在を被害者側が主張しなければ、基本過失割合がそのまま示談額に反映されてしまいます。
2 修正要素とは何か──基本過失割合を動かす個別事情
判例タイムズ38号の基準図は、事故類型ごとに次の構造で過失割合を示しています。
まず、当該事故類型の基本過失割合を示します。たとえば、信号機のない交差点での出会い頭の事故であれば、特定の道路条件と進行方向の組合せにつき基本的な過失割合が示されます。
その上で、修正要素の項目が列挙されています。これは、基本過失割合を上下に動かす個別事情です。修正要素には、各項目につき5%から20%の修正幅が示されており、項目が積み重なれば修正幅も累積します。
修正要素の代表的なものは次のとおりです。
著しい過失として、わき見運転、片手運転、酒気帯び運転(呼気1リットル中0.15ミリグラム未満)、時速15キロメートル以上の速度超過、携帯電話の使用、操作などの著しい過失行為があった場合、当該過失行為を行った側に5%から10%の修正がなされます。
重過失として、酒酔い運転、無免許運転、時速30キロメートル以上の速度超過、居眠り運転、薬物の影響での運転など重大な過失行為があった場合、当該過失行為を行った側に10%から20%の修正がなされます。
幹線道路として、信号機のない交差点で、一方の道路が幹線道路であった場合、幹線道路側の優先性が認められ、修正がなされます。
夜間として、夜間の事故で、加害者側の視認性が問題となる場合、加害者に過失加重の修正が入る場合があります。
被害者側の事情として、児童(おおむね6歳から13歳未満)、高齢者(おおむね65歳以上)、身体障害者である場合、被害者保護の観点から、被害者側の過失割合を減じる修正が入ります。
横断歩道上の事故として、横断歩道上での歩行者と車両の事故、横断歩道直近での歩行者と車両の事故では、車両側に重い過失が認められる傾向があり、修正要素が入ります。
直進車優先・先入車優先として、交差点での進行関係や時間関係に基づき、基本過失割合を修正する事情があります。
これらの修正要素を、当該事故の具体的事情から拾い上げ、立証していく作業が、過失割合をめぐる交渉と訴訟の中心になります。
3 修正要素の主張立証で使う資料
修正要素を主張立証するためには、客観的資料の収集が必要です。具体的に役立つ資料は次のとおりです。
交通事故証明書として、自動車安全運転センターが発行する交通事故証明書は、事故の発生日時、場所、当事者の特定に使います。
実況見分調書として、警察が現場で作成した実況見分調書は、事故現場の道路条件、衝突地点、当事者の進行方向、現場の信号や標識の有無などを示す客観的資料です。検察庁から取得します。
供述調書として、当事者や目撃者が警察に対して述べた供述の調書は、事故時の運転状況、見落とし、速度感、わき見の有無などを示す資料となります。検察庁から取得します。
ドライブレコーダー映像として、車両に搭載されたドライブレコーダーの映像は、事故時の状況を視覚的に立証する強力な資料です。事故直後にデータを保存しないと上書きされる可能性があり、早期の確保が必要です。
防犯カメラ映像として、事故現場周辺のコンビニエンスストア、駐車場、商店、信号機などに設置された防犯カメラの映像は、事故時の状況を客観的に示す資料となります。施設管理者に対する任意提供の依頼、訴訟内での文書提出命令などにより取得を試みます。
医療記録として、被害者の医療記録は、事故時の被害者の状態(高齢、身体障害など)を示す資料となります。
道路状況の調査資料として、事故現場の道路の幅員、見通し、信号の有無、制限速度、交差点の優先関係などを示す資料は、基準図への当てはめに必要です。
これらの資料を網羅的に収集することが、修正要素の主張立証の出発点です。
4 基本過失割合の選択そのものを争う場合
修正要素の議論に入る前に、そもそも保険会社が提示する基本過失割合の選択自体が誤っている場合があります。
判例タイムズ38号の基準図は、事故類型ごとに細かく分かれており、信号機のない交差点だけでも数十の類型があります。道路の幅員の比較、優先関係、信号機の有無、進行方向の組合せ、車両と歩行者の別など、事案によって当てはめる基準図が異なります。
保険会社が当てはめている基準図が、当該事故の客観的事実と整合しているか、より被害者に有利な基準図への当てはめが可能でないかを精査する必要があります。
たとえば、保険会社が信号機のない交差点での出会い頭の事故として図101を当てはめている場合、現場の幅員関係や優先関係次第では、図104や図107など別の基準図が適切であることがあります。この基準図の選択次第で、基本過失割合自体が10%から20%動くことがあります。
事故類型の当てはめは、判例タイムズ38号の各図の説明、適用条件、修正要素の一覧を丁寧に確認しつつ、当該事故の客観的事実と照らし合わせて行う作業です。保険会社の提示をそのまま受け入れず、基本過失割合の選択自体から検討することが必要です。
5 修正要素の主張立証における具体的な工夫
修正要素を主張立証する際に、実務上工夫を要する場面は次のとおりです。
(1)著しい過失・重過失の立証
加害者の著しい過失や重過失を立証するには、客観的資料が決め手となります。
ドライブレコーダー映像に加害者がスマートフォンを操作する様子が映っている、加害者の供述調書に「考え事をしていた」「カーナビを操作していた」と記載されている、衝突時の速度が制限速度を大きく上回っていることが現場の痕跡から推認される、といった事情は、著しい過失や重過失の認定につながります。
警察の実況見分調書には、衝突地点、スリップ痕の長さ、現場の制限速度などが記録されており、これらから加害者の速度を推認することができます。
(2)幹線道路の主張
信号機のない交差点で一方が幹線道路であった場合の修正は、現場の道路の客観的性格に基づきます。
幹線道路とは、判例タイムズ38号の基準において、一般に車線数の多い道路、車道幅員の広い道路、交通量の多い道路、片側1車線の対面通行であっても主要な交通動脈となる道路を指します。当該道路が幹線道路に該当するかは、現場写真、地図、道路台帳、市町村の道路管理データなどから立証します。
(3)夜間の主張
夜間の修正は、事故発生時刻と現場の照明状況に基づきます。
事故発生時刻は交通事故証明書から特定できます。日没時刻は気象庁のデータから確認できます。現場の照明状況は、現場写真、Googleストリートビュー、現場検証によって確認します。
夜間で、かつ現場の照明が不十分であった場合、加害者の視認性が問題となり、修正が入ります。
(4)被害者が高齢者・児童・身体障害者である場合
被害者が高齢者、児童、身体障害者である場合、被害者側の過失を減じる修正が入ります。
被害者の年齢は住民票や戸籍謄本で立証します。身体障害は身体障害者手帳、医療記録から立証します。
ただし、これらの修正は被害者の属性だけで自動的に入るのではなく、当該属性が事故時の判断や行動に影響したと評価される場合に入ります。属性の立証とともに、当該属性が事故にどう影響したかの論述が必要です。
(5)横断歩道上・横断歩道直近の事故
歩行者が横断歩道上、または横断歩道直近で被害に遭った場合、車両側に重い過失が認められます。
横断歩道上か否かは、実況見分調書の衝突地点、現場写真から立証します。横断歩道直近の判断は、横断歩道からの距離、被害者が横断歩道に向かっていたか離れていたかなどの状況から判断されます。
6 修正要素の累積──「5%」が積み重なると大きく動く
修正要素は、項目が複数該当すれば累積します。たとえば、加害者側に著しい過失(5%)、夜間の修正(5%)、被害者が高齢者(10%)の三つが認められれば、合計20%の修正となります。
基本過失割合が80対20の事故で、被害者側に20%の修正が認められれば、最終的な過失割合は100対0、または少なくとも90対10程度に動きます。総損害額が3000万円の事案であれば、過失割合10%の違いは300万円の差として現れます。
修正要素の累積を主張する際は、各修正要素ごとに具体的事実を示し、修正幅の根拠を判例タイムズ38号の記述と照合しつつ論じる作業が必要です。
7 訴訟になった場合の過失割合の判断
示談交渉で過失割合の合意に至らない場合、訴訟で判断を求めることになります。訴訟では、裁判官が判例タイムズ38号を参照しつつ、当該事故の具体的事情を踏まえて過失割合を判断します。
訴訟で過失割合を有利に判断してもらうためには、次の作業が必要です。
第一に、事故類型に最も適合する基準図の当てはめを主張することです。複数の基準図が候補となる場合、それぞれの適用条件と当該事故の事実を照合し、より被害者に有利な基準図の選択を論じます。
第二に、修正要素を網羅的に拾い上げることです。一つでも見落とすと、その修正幅分が過失割合に反映されません。
第三に、修正要素ごとに客観的資料による立証を行うことです。当事者の供述だけに頼った主張は、相手方の反論で覆される可能性があります。
第四に、判例の集積を踏まえることです。判例タイムズ38号の基準図と類似する事案で、特定の修正要素が認められた裁判例、または認められなかった裁判例を示すことで、当該事案での主張の説得力を高めます。
8 当事務所の取扱事例──修正要素の主張で過失割合を動かした経過
当事務所が原告側で受任した交通事故事案に、保険会社の当初提示の過失割合を、修正要素の主張立証により動かした事案があります。
ある交差点での車両同士の出会い頭の事故で、保険会社の当初提示は被害者側にも一定の過失を認める内容でした。当事務所は、依頼者側で次の方針を取りました。
第一に、保険会社が当てはめた基準図の選択を精査しました。現場の道路の幅員、優先関係、見通しの状況を実況見分調書とGoogleストリートビューから確認したところ、保険会社が当てはめた図とは別の図がより適切であることが浮かび上がりました。
第二に、加害者側の著しい過失を立証する資料を収集しました。実況見分調書と加害者の供述調書から、加害者がわき見運転をしていた事実、制限速度を超えていた事実が立証できました。
第三に、現場の道路状況から、加害者側の進行方向の道路が幹線道路に該当する一方、依頼者側の進行方向の道路は幹線道路に該当しないことを明らかにし、幹線道路の修正は加害者側に不利に働くのではなく、依頼者側を保護する形で適用される構造を示しました。
これらを総合した結果、過失割合は保険会社の当初提示から大きく被害者側に有利な水準に修正され、最終的な賠償額も大きく増加しました。
この事例は、保険会社の当初提示の過失割合をそのまま受け入れず、基準図の選択と修正要素の主張立証を丁寧に行うことで、過失割合が大きく動きうることを示しています。
9 被害者側で交渉に臨む方が留意すべき事項
交通事故の被害に遭われ、保険会社との示談交渉に臨まれる方が留意すべき事項は次のとおりです。
第一に、保険会社が提示する過失割合は最終的な数字ではないと心得ることです。基準図の当てはめが正確か、修正要素が反映されているかを精査する余地があります。
第二に、客観的資料を早期に確保することです。ドライブレコーダー映像、防犯カメラ映像は時間が経つと失われます。実況見分調書、供述調書は刑事手続が一定段階まで進んでから取得できますが、早期に取得の手続を始めることが重要です。
第三に、現場の状況を可能な限り保存することです。事故直後に現場写真を撮影する、現場の道路状況を記録する、目撃者の情報を確保するなど、後の主張立証に使える資料を残します。
第四に、当事者の供述内容を整理することです。加害者がどのような供述をしているか、依頼者がどう述べたか、目撃者の供述はあるかを整理し、修正要素の主張に使える事実を拾い上げます。
第五に、専門家の関与を早期に得ることです。過失割合の交渉は判例タイムズ38号と判例の蓄積を踏まえた専門的作業であり、専門家の関与により交渉の精度が大きく変わります。
10 当事務所がお手伝いできること
当事務所は、交通事故の被害者側の代理人として、過失割合の交渉と訴訟、損害賠償額の交渉と訴訟について対応経験を有しています。判例タイムズ38号の基準図の当てはめの精査、修正要素の主張立証、客観的資料の収集、判例の調査、保険会社との交渉、訴訟手続の進行など、交通事故の事案に必要な作業を進めます。
交通事故の被害に遭われた方、保険会社から過失割合の提示を受けている方、提示された損害賠償額に疑問を感じている方は、次の資料をご持参のうえ、ご相談ください。
・交通事故証明書 ・実況見分調書、供述調書(既に取得済みの場合) ・ドライブレコーダー映像、現場写真 ・保険会社からの過失割合の提示書面、損害計算書 ・治療経過に関する医療記録、診断書、後遺障害診断書 ・自身の年齢、職業、収入が分かる資料
保険会社の提示する過失割合がそのまま結論となるわけではありません。基準図の選択、修正要素の主張立証によって動かせる余地があります。一度ご相談ください。
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