起訴される前の「捜査段階の示談」がその後の人生を分ける|被害者連絡先の取得から示談成立までの実務
家族が逮捕され、勾留が続いている。検察官は近く起訴・不起訴の判断を下す。このタイミングで弁護人が動けるか動けないかで、本人の人生は決定的に変わります。
捜査段階で被害者との示談が成立すれば、不起訴処分(起訴猶予)となる可能性が大きく開けます。不起訴であれば、刑事手続はそこで終わり、前科は付きません。これに対し、示談が間に合わずに起訴されれば、たとえその後に示談が成立しても、すでに公訴が提起されている以上、判決を受けることになります。執行猶予付き判決にとどまっても、前科は残り、就労、資格、家族関係に長期的な影響を及ぼします。
捜査段階の示談交渉は、起訴前の限られた時間で、被害者の連絡先を取得し、被害者と接触し、謝罪と弁償を進め、宥恕(被害者が処罰を望まないという意思表示)を得る一連の作業です。これがスムーズに進む事案は限定的で、各段階で実務上の工夫が求められます。
このページは、捜査段階の示談交渉が起訴・不起訴判断にどう影響するか、被害者連絡先の取得から示談成立までの実務をどう進めるかを、刑事弁護の現場の視点から説明します。
1 起訴・不起訴の判断と示談の関係
検察官が起訴・不起訴を判断するにあたっては、刑事訴訟法248条の起訴便宜主義に基づき、犯人の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重、情状、犯罪後の情況などを総合考慮します。
このうち「犯罪後の情況」として、被害者との示談の有無は重要な判断要素となります。被害者との示談が成立し、被害者が宥恕意思(処罰を望まないという意思)を示している場合、起訴猶予となる可能性が大きく開けます。
特に次のような事件類型では、示談の有無が起訴・不起訴を分ける決定的な要素となります。
第一に、被害が回復可能な財産犯(窃盗、詐欺、横領、器物損壊等)です。示談により被害弁償が完了し、被害者が宥恕意思を示せば、起訴猶予となることが多いものです。
第二に、被害者個人を対象とする身体犯(傷害、暴行等の比較的軽微なもの)です。被害者との示談、治療費・休業損害の弁償が完了すれば、起訴猶予の可能性があります。
第三に、性犯罪(不同意性交、不同意わいせつ等)の比較的軽微な事案です。被害者との示談が成立し、宥恕意思が得られれば、起訴猶予となる事案もありますが、事案の重大性によっては示談があっても起訴される場合があります。
第四に、過失犯(業務上過失、自動車運転過失等)です。被害弁償と示談により、起訴猶予となる場合があります。
これらの類型で、捜査段階での示談成立は、不起訴処分を勝ち取るための最重要の作業となります。
2 被害者連絡先の取得──最初の関門
捜査段階の示談交渉で、最初に直面する問題が被害者連絡先の取得です。
被害者の住所、電話番号、メールアドレスといった連絡先は、警察や検察庁の捜査資料の中にあります。しかし、これらは被疑者本人や家族には開示されません。被害者と被疑者の接触は罪証隠滅や被害者の二次被害につながるため、捜査機関は連絡先を厳重に管理しています。
連絡先取得の方法は次のとおりです。
第一に、検察官を通じた連絡先の橋渡しです。弁護人が検察官に対し、示談交渉のために被害者と連絡を取りたい旨を申し入れ、検察官から被害者に対し「弁護人が連絡を取りたいと希望しているが応じるか」を確認してもらいます。被害者が承諾すれば、弁護人に連絡先が伝えられます。被害者が拒否すれば、連絡先は得られません。
第二に、被害者代理人を通じた連絡です。被害者が代理人弁護士を選任している場合、その代理人を通じて連絡を取ります。被害者代理人がいる事案では、被害者本人の意向は代理人を通じて把握することになります。
第三に、第三者を介した連絡です。被害者と被疑者に共通の知人がいる場合、その知人を介して連絡先を確認することが考えられます。ただし、被害者が捜査機関に連絡先を秘匿していた場合、第三者を介した接触は被害者の負担となり、かえって示談を遠ざける場合があります。
連絡先取得の難易度は事案によって大きく異なります。被害者の処罰感情が強い事案、性犯罪事案、知人間ではない事案では、連絡先の取得自体が困難な場合があります。
3 被害者との初期接触
連絡先が取得できたら、次は被害者との初期接触です。この段階での対応が、その後の示談交渉全体を左右します。
初期接触の方法は次のとおりです。
第一に、書面による接触が原則です。弁護人名義で、丁寧な文面の手紙またはメールを送ります。電話での接触は、被害者の都合を尊重するため、書面での連絡の後に被害者から了承を得てから行うのが安全です。
第二に、内容は次の要素を含めます。
・弁護人としての立場の説明 ・被疑者本人の謝罪の気持ち ・被害弁償の意思 ・面会または書面でのやり取りの希望 ・被害者の意向を尊重する姿勢 ・連絡を希望されない場合は連絡しない旨
第三に、慎重な表現を心がけます。被害者の感情を逆撫でする表現、被疑者の弁解、被害の軽視と受け取られる表現は避けます。
第四に、面会・接触の頻度を抑えます。被害者の意向を確認するまでは、繰り返し連絡することは控えます。
被害者が示談交渉に応じる意思を示せば、次の段階に進みます。応じない意思を示した場合は、無理に交渉を進めず、検察官に対して「示談交渉を試みたが被害者の理解が得られなかった」旨を報告し、その他の情状資料(贖罪寄付、本人の更生意欲、家族の監督等)で対応することになります。
4 示談金額の決定
被害者が示談交渉に応じる場合、次に示談金額の決定が問題となります。
示談金額の相場は事案ごとに大きく異なりますが、考慮要素は次のとおりです。
第一に、被害の実損害です。窃盗・詐欺の場合は被害額、傷害の場合は治療費・休業損害・慰謝料、性犯罪の場合は精神的損害の補填などです。
第二に、被疑者本人の経済力です。被疑者が支払える範囲を超える示談金額の合意は、結局履行できず示談が破綻する可能性があります。
第三に、家族の支援の有無です。被疑者本人に支払能力がない場合、家族が示談金の原資を負担する場合があります。家族の意向と能力を確認しておきます。
第四に、被害者の感情です。被害が大きい事案、被害者の処罰感情が強い事案では、相場以上の金額が求められることがあります。
第五に、起訴・不起訴判断に与える影響です。被害者が宥恕意思を示すかどうかは、示談金額にも影響されます。一定額以上の弁償と謝罪により、被害者の感情が緩和されることがあります。
具体的な示談金額の相場については、過去の判例の集積を踏まえつつ、当該事案の特殊事情を考慮して提示することになります。
5 宥恕条項──示談書に盛り込む文言
捜査段階の示談で最も重要なのは、被害者の宥恕意思を示談書に明記することです。
宥恕条項の典型的な文言は次のとおりです。
「被害者は、本件について加害者を許し、加害者に対する刑事処罰を望まない」
「被害者は、本件について加害者の謝罪と賠償を受け入れ、加害者に対する厳しい刑事処分を希望しない」
これらの文言が示談書に含まれていることで、検察官は不起訴処分の判断において被害者の意思を考慮できます。
宥恕条項がない単なる被害弁償の合意では、検察官から見て「示談はあるが被害者は処罰を望んでいる」と評価され、不起訴に至らない場合があります。
ただし、被害者によっては「処罰を望まない」とまでは言えないが「弁償を受けたので争いはない」と表明する場合があります。この場合の文言は、「被害者は加害者からの弁償を受領し、本件に関し民事上一切の争いがないことを確認する」といった形になります。これでも示談の事実は検察官に伝わりますが、宥恕条項に比べて起訴猶予への影響は限定的です。
6 検察官への報告──示談書の提出と意見書
示談が成立したら、速やかに検察官に報告し、示談書を提出します。
検察官への報告では、次の事項を伝えます。
第一に、示談成立の事実と示談金額です。
第二に、被害者の宥恕意思の有無です。
第三に、被疑者本人の反省・更生の状況です。
第四に、家族の監督態勢です。
第五に、本人の生活基盤(職業、家族、住居等)の維持状況です。
これらを内容とする弁護人意見書を、示談書とともに検察官に提出します。意見書では、起訴猶予が相当であることの具体的な理由を、本件事案の特殊性と被疑者の状況に即して論じます。
7 起訴・不起訴判断の時期と示談のタイミング
検察官の起訴・不起訴判断のタイミングは事案によって異なりますが、おおむね次の流れです。
逮捕勾留事案の場合、勾留10日以内(または延長された10日以内)に判断されます。したがって、勾留期間内に示談を成立させ、検察官に報告することが必須です。
在宅事案(勾留されていない事案)の場合、判断時期は柔軟であり、数か月から半年以上に及ぶこともあります。この場合、示談に時間をかける余裕がありますが、長引くと検察官の判断が出るまでの間、被疑者本人の精神的負担が継続します。
逮捕勾留事案では時間との勝負であり、勾留決定の翌日から示談交渉に動くのが理想です。
8 示談が成立しない場合の代替的活動
示談交渉を試みたものの、被害者の理解が得られず示談が成立しない場合、その他の情状資料を準備します。
第一に、贖罪寄付です。日弁連の贖罪寄付制度を利用し、一定額を寄付することで、被疑者の反省と社会貢献の意思を示します。
第二に、被害弁償金の供託です。被害者が受領を拒否する場合、被害弁償金を供託することで、被害弁償の意思と能力を示します。
第三に、本人の陳述書です。被疑者本人の反省、被害者への謝罪、再犯防止の決意などを詳述した陳述書を作成します。
第四に、家族の監督態勢です。家族による監督、生活環境の整備、就業継続の見通しなどを示す書面を整えます。
第五に、専門機関への通院・治療です。事案の性質に応じて、心療内科、カウンセリング、依存症治療等への通院を開始し、再犯防止への取り組みを示します。
これらを組み合わせて、示談が成立しない事案でも、可能な限り情状を整えた状態で起訴・不起訴判断に臨みます。
9 示談交渉で取るべき初動
家族が逮捕・勾留され、捜査段階の示談を検討している方が取るべき初動は次のとおりです。
第一に、私選弁護人を選任することです。国選弁護人も選任されますが、捜査段階の示談を積極的に進めるためには、私選弁護人の早期選任が結果を大きく左右します。
第二に、示談金の原資を準備することです。家族が示談金を負担する場合、迅速に資金を用意できる体制を整えます。
第三に、被疑者本人の反省・謝罪の意思を確認することです。被害者への謝罪文を本人に作成してもらいます。
第四に、家族の監督態勢を整えることです。本人の生活環境、家族による監督方針、就業・通学の維持などを書面化します。
第五に、検察官の判断時期を弁護人と協議することです。勾留期限がいつか、その間に示談をどこまで進めるかを共有します。
10 当事務所がお手伝いできること
当事務所は、刑事事件の捜査段階での弁護活動について、対応経験を有しています。被害者連絡先の取得、被害者との接触、示談金額の交渉、示談書の作成、検察官への報告、起訴猶予を目指した弁護人意見書の作成、示談不成立時の代替的情状資料の準備など、捜査段階の示談交渉に必要な作業を進めます。
家族が逮捕されている方、起訴・不起訴の判断を控えている方、現在の弁護人の対応に不安を感じている方は、次の情報をご用意のうえ、ご相談ください。
・被疑者の氏名、生年月日、現住所、職業 ・逮捕された日時、罪名、留置されている警察署 ・被害者の情報(既に把握している範囲で) ・被疑者の家族構成、扶養家族の有無 ・示談金の原資の準備可能額 ・現在の弁護人の対応状況
捜査段階での示談は、その後の人生を分ける時間との勝負です。一刻も早くご相談ください。
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