トレントの著作権侵害で意見照会書や通知書が届いたとき、「早期に示談した方がよい」「すぐに解決できます」と勧める法律事務所があります。しかし、早期示談は本当に得なのか。権利者側の提示額、裁判で認められる損害額、弁護士費用を具体的に比較して検討します。
「早期示談」を勧められたら、立ち止まって考える
トレントの著作権侵害で書面が届いた後、不安からインターネットで弁護士を探すと、「早期示談で解決」「即日対応」「1日で解決した実績あり」と謳う法律事務所が目に入ることがあります。
不安を感じている状況では、「早く終わらせたい」という気持ちが強くなるのは自然なことです。 そして、早期示談を勧める法律事務所は、まさにその気持ちに応える形で営業しています。
しかし、ここで一歩立ち止まる必要があります。
早期示談とは、要するに、権利者側が提示した金額をそのまま(あるいはほぼそのまま)支払って終わりにするということです。 しかも、その弁護士費用が別途かかります。
権利者側の提示額が適正かどうかを検証しないまま、弁護士費用を上乗せして支払うことが、本当に「得」なのでしょうか。
1. 「早期示談」で実際に何が起きるのか
弁護士に依頼しても金額が動かないことがある
権利者側の代理人の中には、個別の条件交渉に応じないと公表している事務所があります。 たとえば、ITJ法律事務所は自社サイトで「弁護士を通じて交渉であっても、和解金額の減額等は行っておりません」と明記しています。
つまり、弁護士を立てて交渉を試みても、権利者側の提示額は動きません。 その場合、「早期示談」とは、権利者の言い値をそのまま支払う手続を弁護士が代行するだけ、ということになります。
弁護士費用が上乗せされる
早期示談を勧める法律事務所に依頼すると、権利者への支払額に加えて、弁護士費用がかかります。
たとえば、権利者側の提示額が22万円で、弁護士費用が15万円から20万円だった場合、総額は37万円から42万円になります。
自分で権利者側に連絡して言い値で和解すれば22万円で済むところに、弁護士費用が上乗せされるわけです。
もちろん、弁護士を通すことで連絡窓口が切り替わり、自宅への書面が届かなくなるというメリットはあります。 しかし、「減額」という成果がないのであれば、弁護士費用の分だけ出費が増えることになります。
1社で終わらないことがある
早期示談でさらに問題になるのは、1社と示談した後に別の権利者から請求が届くケースです。
トレントを利用していた期間中に複数の作品をダウンロードしていれば、権利者ごとに別々の請求が来ます。 1社目に早期示談で22万円+弁護士費用を支払い、2社目にも同じ金額を支払い、3社目にも……と続くと、合計で100万円を超えることもあります。
2. 裁判で争った場合はどうなるか
裁判所の計算式
裁判で争った場合、損害額は著作権法第114条に基づいて算定されます。
損害額 = ダウンロード回数 × 1ダウンロードあたりの利益額
裁判所は、販売価格ではなく利益額を基準にし、ダウンロード回数も利用者が送信可能な状態にしていた期間に限定して認定します。
裁判例の数字
知財高裁令和4年4月20日判決では、1人あたり約1万6,000円から6万円台の損害が認容されました。
東京地裁令和5年8月31日判決では、権利者が278万円を超える損害を主張したのに対し、裁判所は損害賠償債務が3万円を超えないと判断しました。
早期示談の金額との差
権利者側の提示額が1作品22万円で、裁判で認められる損害額が数万円だとすれば、その差は15万円以上です。 弁護士費用を含めても、裁判で争った方が総額が低くなる可能性があります。
複数社からの請求がある場合、この差はさらに大きくなります。
3. 早期示談を勧める弁護士と、裁判で争う弁護士の違い
早期示談を勧める弁護士
権利者側の提示額をそのまま(またはほぼそのまま)支払う方向で処理する。 処理が早い分、1件あたりの弁護士の労力は小さい。 「早く終わる」「精神的な安心」を強調することが多い。 裁判で争った場合の見通しについて、具体的な計算式や裁判例を示さないことがある。
裁判で争う弁護士
権利者側の提示額が裁判で認められる損害額と比べて適正かどうかを検証する。 裁判所の計算式と裁判例に基づいて見通しを示す。 裁判で争った方が有利な場合は、言い値で和解することを勧めない。 処理に時間はかかるが、総額の負担を抑えられる可能性がある。
どちらが依頼者にとって得か
結局のところ、重要なのは「早く終わるかどうか」ではなく、「総額でいくら払うことになるか」です。
早期示談で権利者の言い値+弁護士費用を支払うのと、裁判で争って適正額+弁護士費用を支払うのとで、どちらが安いかを比較する必要があります。
裁判例の数字を見れば、1作品・短期間の利用であれば、裁判で争った方が総額は低くなることが多いです。 よほどの作品数を長期間にわたってダウンロードしていたような事情がない限り、早期示談は得とは言いがたいことがあります。
4. 「早期示談」が成り立つ場面はあるか
作品数が非常に多く、利用期間が長い場合
多数の作品を長期間ダウンロードしていた場合は、裁判で争っても損害額が積み上がる可能性があります。 この場合は、裁判で争うメリットが限定的で、早期に和解した方が合理的な場合もあり得ます。
精神的な負担を最優先する場合
「金額は二の次で、とにかく早く終わらせたい」という方もいます。 その判断自体は否定しませんが、少なくとも「裁判で争った場合にいくらになるか」を知ったうえで判断すべきです。
見通しを知らないまま早期示談を選ぶのと、見通しを知ったうえで早期示談を選ぶのとでは、意味がまったく違います。
5. 弁護士を選ぶときに確認したいこと
トレントの案件で弁護士を探すとき、次の点を確認することで、その弁護士が自分にとって有利な対応をしてくれるかどうかが分かります。
裁判で争った場合の見通しを具体的に示してくれるか
裁判所の計算式(ダウンロード回数×利益額)と裁判例を踏まえて、「あなたの事案では裁判で争えばこのくらいの金額になる可能性がある」と具体的に説明してくれるかどうか。
「早く示談した方がいいですよ」としか言わない弁護士は、この見通しを持っていない可能性があります。
早期示談以外の選択肢を提示してくれるか
早期示談、裁判で争う(応訴)、債務不存在確認訴訟(利用者側から訴える)など、複数の選択肢を示したうえで、メリットとデメリットを説明してくれるかどうか。
選択肢が「示談一択」の弁護士は、依頼者にとって最善の対応を検討しているとは限りません。
弁護士費用の内訳が明確か
弁護士費用がいくらで、権利者への支払額がいくらで、合計でいくらになるのか。 裁判で争った場合の弁護士費用はいくらで、その場合の想定される損害額はいくらか。
この比較を示してくれる弁護士であれば、自分にとって合理的な判断ができます。
まとめ
トレントの著作権侵害で「早期示談」を勧められた場合、それが本当に得なのかは慎重に検討する必要があります。
権利者側が個別の条件交渉に応じる保証はなく、早期示談は権利者の言い値をそのまま支払うだけになることがあります。 その場合、弁護士費用の分だけ出費が増えることになります。
裁判例では、裁判所が認める損害額は権利者の提示額より大幅に低いことがあります。 裁判で争った方が、弁護士費用を含めても総額が低くなるケースは十分にあり得ます。
よほどの作品数を長期間にわたってダウンロードしていたような事情がない限り、言い値で早期示談するのは得策とは言いがたいことが多いです。
少なくとも、裁判で争った場合の見通しを具体的に確認したうえで、早期示談するかどうかを判断すべきです。 見通しを知らないまま「早く終わらせたい」という気持ちだけで判断すると、本来払う必要のなかった金額を支払うことになりかねません。
よくある質問
「早期示談で解決」と謳う弁護士に依頼しても大丈夫ですか。 早期示談自体が常に悪いわけではありませんが、裁判で争った場合の見通しを示さずに早期示談だけを勧める弁護士には注意が必要です。少なくとも、裁判所の計算式と裁判例を踏まえた見通しを確認したうえで判断すべきです。
早期示談と裁判で争うのと、結局どちらが安いですか。 事案によりますが、1作品・短期間の利用であれば、裁判例に照らして裁判で争った方が総額は低くなることが多いです。弁護士費用を含めた比較を弁護士に確認するのが確実です。
権利者の言い値で払えばすぐ終わるのでは。 その権利者との間では終わりますが、他の権利者から別途請求が届く可能性があります。1社ずつ言い値で払い続けると、合計額が大きく膨らむことがあります。
弁護士なしで自分で言い値を払えば弁護士費用は不要ですが。 その通りです。権利者側が条件交渉に応じないのであれば、早期示談を弁護士に依頼する意味は、連絡窓口の切り替えや書面対応の代行に限られます。減額という成果がないのに弁護士費用を払うことが合理的かどうかは、検討の余地があります。
裁判で争う場合はどのくらい時間がかかりますか。 事案にもよりますが、提訴から判決まで半年から1年程度かかることがあります。和解が成立すればそれより早く終結することもあります。時間はかかりますが、総額の負担を抑えられる可能性があります。
