トレントの著作権侵害で高額な請求を受けたとき、「裁判で争う」とは、訴えられるのを待つことだけを意味しません。利用者側から「この金額以上の債務は存在しない」と裁判を起こす方法があります。実際にこの訴訟で権利者の請求額が大幅に減額された裁判例を含めて解説します。
「訴えられるのを待つ」だけが裁判ではない
トレントの著作権侵害で権利者側から高額な請求を受けたとき、多くの方が思い浮かべるのは、「払うか、訴えられるか」の二択です。
しかし、実はもう一つの選択肢があります。 利用者側から裁判を起こすという方法です。
これを「債務不存在確認訴訟」といいます。 「権利者が主張する金額のうち、〇〇円を超える部分は債務が存在しない」ということを、裁判所に確認してもらう訴訟です。
権利者側の請求額をそのまま受け入れるのではなく、裁判所に適正な損害額を認定してもらい、それ以上は払う必要がないことを確定させることができます。
実際に、この訴訟でトレントの損害額が大幅に減額された裁判例があります。
1. 債務不存在確認訴訟とは何か
利用者側が原告になる
通常の損害賠償訴訟では、権利者が原告(訴える側)、利用者が被告(訴えられる側)です。
債務不存在確認訴訟はこれが逆になります。 利用者が原告として訴訟を提起し、「権利者が主張する債務のうち、一定額を超える部分は存在しない」ことの確認を裁判所に求めます。
どういう場面で使うのか
典型的な場面は、権利者側から高額な請求を受けたが、その金額が裁判で認められる適正額とかけ離れていると考えられる場合です。
権利者側が個別の条件交渉に応じる保証はないため、交渉で減額できないことがあります。 かといって、請求を放置すれば訴訟を起こされるリスクがあり、その間も精神的な負担が続きます。
このような状況で、利用者側から先に訴訟を起こし、裁判所に適正額を認定してもらうことで、問題を自分のペースで解決に向かわせることができます。
「一部を認めたうえで争う」という形
債務不存在確認訴訟は、「一切払う義務がない」と主張するものではありません。 「〇〇円を超える部分については債務が存在しない」という形で、一部の債務は認めたうえで、金額の適正さを争うのが通常の使い方です。
たとえば、権利者が44万円を請求してきた場合、「3万円を超える損害賠償債務は存在しない」という形で訴訟を提起すれば、裁判所が損害額を認定し、3万円で足りるのか、もう少し高いのか、あるいは3万円にも満たないのかを判断してくれます。
2. 実際にトレントで使われた裁判例
東京地裁令和5年8月31日判決
この判決は、まさにトレントの利用者側が債務不存在確認訴訟を提起した事案です。
事案の概要
利用者がBitTorrentを利用してアダルト動画をダウンロード(同時にアップロード)した。 権利者(AV制作会社)は、訴外での交渉において23万円から24万円の和解金を請求していた。 利用者側は、「損害賠償債務は3万円を超えては存在しない」として、債務不存在確認訴訟を提起した。
権利者側の主張
権利者は、裁判の中で請求額を引き上げ、少なくとも178万9,097円の損害賠償請求権が存在すると主張しました。 さらに予備的に、全期間のダウンロード回数5,053回に販売価格を掛けた278万4,203円の損害を主張しました。
裁判所の判断
裁判所は、次のように判断しました。
販売価格ではなく、ダウンロード・ストリーミング形式の販売価格を基準にする。 利益率として約定配信コンテンツ料率(38%)を適用する。 ダウンロード回数は、利用者が送信可能な状態にしていた期間に限定して認定する。
その結果、裁判所は「原告の被告に対する損害賠償債務は3万円を超えては存在しないことを確認する」と判断しました。
つまり何が起きたか
権利者が訴外で23万円から24万円を請求し、裁判の中では178万円から278万円を主張したのに対し、裁判所が認めた損害額は3万円以下でした。
利用者側から債務不存在確認訴訟を起こしたことで、権利者の請求額が適正額でなかったことが裁判所によって確認されたのです。
3. 債務不存在確認訴訟のメリット
受け身ではなく、自分から動ける
権利者側からの請求を受けて「いつ訴えられるかわからない」という不安を抱え続けるのではなく、自分のタイミングで訴訟を起こして問題を前に進めることができます。
適正額を裁判所に認定してもらえる
権利者側の請求額が適正かどうかは、交渉段階では検証されません。 債務不存在確認訴訟を提起すれば、裁判所が著作権法第114条の計算式に当てはめて損害額を認定します。
前記の裁判例のとおり、裁判所は販売価格ではなく利益額を基準にし、ダウンロード回数も送信可能期間に限定して認定します。 その結果、権利者の請求額より大幅に低い金額が認定されることがあります。
請求額の言い値に振り回されずに済む
権利者側が個別の条件交渉に応じる保証はないため、「44万円を払うか、44万円のまま訴えられるか」という二択に追い込まれることがあります。
債務不存在確認訴訟は、この二択以外の選択肢を作り出す手段です。 「44万円は適正ではないと考えるので、裁判所に判断してもらう」という第三の道です。
4. 債務不存在確認訴訟の注意点
著作権侵害の事実自体を否定するものではない
債務不存在確認訴訟は、「トレントを使っていない」「著作権侵害はしていない」と主張するものではありません。 著作権侵害の事実は認めたうえで、損害額が権利者の主張どおりではないことを争う訴訟です。
したがって、トレントの利用自体に身に覚えがある場合でも、金額の適正さを争うために使える手段です。
弁護士費用がかかる
訴訟を提起するため、弁護士費用がかかります。 ただし、権利者の請求額と裁判所の認定額に大きな差がある場合、弁護士費用を含めても請求額をそのまま支払うより総額が低くなることがあります。
前記の裁判例では、権利者が23万円から24万円を請求していたのに対し、裁判所が認めた金額は3万円以下でした。 差額の20万円以上が、利用者側から訴訟を起こしたことで浮いた計算になります。
すべての事案に向くわけではない
対象作品が1作品で利用期間が短い場合は、裁判所の認定額が大幅に下がる可能性が高いため、債務不存在確認訴訟を検討する意味があります。
一方、多数の作品を長期間にわたってダウンロードしていた場合は、損害額が積み上がるため、個別の検討が必要です。
管轄
債務不存在確認訴訟は、原則として被告(権利者側)の所在地を管轄する裁判所に提起します。 権利者が東京に所在する場合は東京地方裁判所になることがあります。
弁護士に依頼していれば、弁護士が代理で出頭するため、遠方の裁判所であっても本人が出頭する必要は基本的にありません。
5. 「請求を無視して訴えられるのを待つ」との比較
訴えられるのを待つ場合
権利者側が訴訟を提起するかどうかは、権利者次第です。 訴訟を起こされるまでの間、「いつ訴えられるかわからない」という不安が続きます。 訴えられた場合、訴状は自宅に届くため(弁護士に依頼していなければ)、家族に知られるリスクがあります。
また、権利者側が訴訟ではなく刑事告訴に進む可能性もあり、放置している間にリスクが段階的に上がります。
債務不存在確認訴訟を起こす場合
自分のタイミングで訴訟を起こすため、「いつ訴えられるか」という不安から解放されます。 弁護士に依頼して提起するため、手続はすべて弁護士が対応します。 裁判所に適正額を認定してもらえるため、権利者の請求額に振り回されずに済みます。
6. 債務不存在確認訴訟を検討すべき場面
次のような場面では、債務不存在確認訴訟を検討する価値があります。
権利者側から高額な請求を受けているが、裁判例に照らして適正額とは考えにくい場合。 権利者側が個別の条件交渉に応じる保証がなく、交渉で減額が見込めない場合。 対象作品が少数で、利用期間が短い場合。 「いつ訴えられるかわからない」という不安を解消し、自分から問題を前に進めたい場合。
逆に、対象作品が多数で利用期間が長い場合や、権利者側の請求額が裁判で認められる損害額と大きく乖離していない場合は、別の対応が適切な場合もあります。
この判断は、計算式と裁判例を踏まえて弁護士に確認するのが確実です。
まとめ
トレントの著作権侵害で高額な請求を受けたとき、「払うか、訴えられるのを待つか」の二択だけではありません。
利用者側から債務不存在確認訴訟を起こし、裁判所に適正な損害額を認定してもらうという選択肢があります。
実際に、トレントの利用者が債務不存在確認訴訟を提起した東京地裁令和5年8月31日判決では、権利者が23万円から24万円を請求し、裁判の中では178万円から278万円の損害を主張したのに対し、裁判所は損害賠償債務が3万円を超えないと判断しました。
権利者側が個別の条件交渉に応じる保証はなく、交渉で減額が見込めない場合、裁判で争った方が得策であることが多いです。
よほどの作品数を長期間にわたってダウンロードしていたような事情がない限り、債務不存在確認訴訟は有力な選択肢になり得ます。 権利者側からの請求額に疑問がある場合は、計算式と裁判例を踏まえた見通しを弁護士に確認したうえで、対応方針を判断することをおすすめします。
よくある質問
債務不存在確認訴訟とは何ですか。 利用者側から裁判を起こし、「権利者が主張する金額のうち、〇〇円を超える部分は債務が存在しない」ことを裁判所に確認してもらう訴訟です。権利者の請求額が適正かどうかを、裁判所に判断してもらえます。
トレントを使った事実を認めていても起こせますか。 起こせます。債務不存在確認訴訟は、著作権侵害の事実を否定するものではなく、損害額が権利者の主張どおりではないことを争う訴訟です。
実際に損害額が減額された裁判例はありますか。 あります。東京地裁令和5年8月31日判決では、権利者が23万円から24万円(裁判の中では最大278万円)を主張したのに対し、裁判所は損害賠償債務が3万円を超えないと判断しました。
弁護士費用を含めても得になりますか。 権利者の請求額と裁判所の認定額の差が大きければ、弁護士費用を含めても請求額をそのまま支払うより総額が低くなることがあります。個別の見通しは弁護士に確認するのが確実です。
すべての事案で使えますか。 対象作品が少数で利用期間が短い場合は、裁判所の認定額が大幅に下がる可能性が高いため、検討する価値があります。多数の作品を長期間ダウンロードしていた場合は、個別の検討が必要です。
