トレントの著作権侵害で権利者側から訴訟を起こされた場合、どのような流れで手続が進むのか。訴状の届き方、答弁書の提出、和解と判決の違い、欠席した場合のリスクに加え、裁判で争うことで交渉段階の一括提示額より有利な結果になることがある理由を解説します。
裁判になったら不利、とは限らない
トレントに関する記事やインターネット上の情報では、「放置すると訴訟に進む可能性がある」「訴訟になれば負担が大きくなる」という説明をよく目にします。 そのため、「訴訟=最悪の事態」という印象を持っている方が多いのではないでしょうか。
しかし、これは必ずしも正確ではありません。
トレントの事案では、権利者側が交渉段階で一括の定額を提示し、条件交渉に応じないケースが少なくありません。 この場合、提示された金額をそのまま支払うか、支払わないかの二択になります。
一方、裁判で争った場合はどうなるかというと、裁判所は権利者の請求をそのまま認めるわけではなく、損害額を厳密に認定します。 その結果、交渉段階で提示された金額よりも、裁判所が認める損害額の方が大幅に低くなることがあります。
つまり、弁護士をつけて裁判で適切に争えば、交渉段階で提示された一括請求額より有利な結果になることがあるのです。
本記事では、訴訟の流れを解説するとともに、裁判で争うことの意味と、弁護士に依頼しないまま訴訟に臨むことの負担を具体的に説明します。
1. 交渉段階の請求額と、裁判所の認定額にはズレがある
交渉段階の特徴
トレントの事案では、権利者側(またはその代理人弁護士)が、開示後に一定額の支払いを求める書面を送ってきます。 この金額は、権利者側が独自に設定した定額であり、条件交渉に応じないケースが多いのが現状です。
つまり、交渉段階では「この金額を払うか、払わないか」という選択になりやすく、金額の妥当性を個別に検討する余地が乏しいことがあります。
裁判所の認定額
一方、裁判に進んだ場合、裁判所は権利者の請求額をそのまま認めるわけではありません。 損害額は、著作権法第114条の規定に基づいて厳密に認定されます。
裁判例を見ると、権利者が主張する金額と裁判所が認定する金額には大きな開きがあります。
知財高裁令和4年4月20日判決では、1人あたり約1万6,000円から6万円台が認容されました。 東京地裁令和5年8月31日判決の事案では、権利者が278万円を超える損害を主張したのに対し、裁判所が認めた損害賠償債務は3万円を超えないと判断されました。
弁護士をつけて争う意味
こうした裁判例を踏まえると、交渉段階の一括提示額をそのまま支払うことが、必ずしも合理的とは限りません。
弁護士をつけて裁判で争えば、損害額の算定方法(販売価格と利益額の違い、ダウンロード回数の認定方法、送信可能な状態にあった期間の限定)を具体的に主張でき、権利者の請求額を裁判所に厳密に検証してもらうことができます。
その結果、交渉段階で提示された金額よりも有利な条件で解決できることがあるのです。
2. 訴状はどのように届くのか
特別送達で自宅に届く
権利者側が訴訟を提起すると、裁判所から被告(利用者側)に対して訴状が送達されます。 送達は「特別送達」という方法で行われ、郵便局員が対面で交付します。
弁護士に依頼していなければ、訴状は自宅に届きます。 本人が不在であれば、同居の家族が受け取ることになります。 裁判所からの特別送達であることは封筒の外観から明らかなため、家族に知られる可能性が高い場面です。
弁護士に依頼していれば、通常は訴状も弁護士のもとに届くため、自宅に届くことは基本的にありません。
訴状に書かれていること
訴状には、権利者側の主張が記載されています。 一般的には、次のような内容が含まれています。
原告(権利者側)の名称。 被告(利用者側)の氏名・住所。 請求の趣旨(いくらの支払いを求めるか)。 請求の原因(どの作品について、いつ、どのような侵害があったとするか)。 証拠の一覧。
訴状を受け取った段階では、まだ何も決まっていません。 訴状は権利者側の一方的な主張であり、裁判所が認めたものではありません。
3. 訴状を受け取った後にすべきこと
答弁書の提出
訴状と一緒に、第1回口頭弁論期日の通知と答弁書の提出期限が記載された書面が届きます。
答弁書とは、被告側が原告の主張に対して自分の言い分を述べる書面です。 提出期限までに答弁書を裁判所に提出する必要があります。
答弁書を出さないとどうなるか
答弁書を出さず、第1回口頭弁論期日にも出頭しなければ、原告の主張をそのまま認めたものとして扱われる可能性があります。 これを欠席判決といい、原告の請求がそのまま認容されるおそれがあります。
欠席判決が出ると、権利者側の請求した金額がそのまま支払義務として確定し、反論の機会を失います。
先に述べたとおり、裁判所が認める損害額は権利者の請求額より大幅に低くなることがあります。 欠席判決で失われるのは、その減額の可能性そのものです。
4. 弁護士なしで訴訟に対応することの負担
書面を毎回自分で作成しなければならない
訴訟では、答弁書だけでなく、準備書面と呼ばれる書面を期日ごとに提出する必要があります。 準備書面には、相手方の主張に対する反論、こちらの主張の根拠、裁判例の引用、証拠の説明などを、裁判所が理解できる形式で書かなければなりません。
著作権法第114条に基づく損害額の算定、ダウンロード回数の認定方法、利益率の計算といった法的な主張は、条文と裁判例を正確に踏まえて書く必要があり、法律の知識がなければ対応が難しい部分です。
書き方を誤ったり、主張すべき点を見落としたりすると、本来なら減額できたはずの損害額がそのまま認定されるおそれがあります。
毎回の期日に自分で出頭しなければならない
口頭弁論期日や弁論準備手続期日には、原則として被告本人が出頭しなければなりません。 裁判所は平日の日中に期日を入れるため、仕事を休んで出頭する必要があります。
しかも、管轄が被告の住所地ではなく、東京地方裁判所や大阪地方裁判所になることがあります。 その場合、遠方の裁判所に毎回出向くことになり、交通費と時間の負担が大きくなります。
期日は1回で終わるわけではなく、争点が多ければ複数回にわたります。 そのたびに仕事を調整し、裁判所に出頭するのは、現実的に大きな負担です。
相手方は専門の弁護士がついている
トレントの著作権侵害の訴訟では、原告側にはこの分野を専門的に扱う弁護士がついています。 相手方弁護士は、同種事案を多数処理しており、主張の組み立てや証拠の出し方に慣れています。
これに対して、法律の知識がない個人が一人で書面を作成し、出頭して主張するのは、対等とは言いがたい状況です。
弁護士に依頼した場合
弁護士に依頼すれば、答弁書・準備書面の作成、証拠の整理、裁判例の調査と引用、期日への出頭をすべて弁護士が対応します。 本人が裁判所に行く必要は基本的にありません。
また、弁護士が代理人になれば、通常は以後の裁判書類も弁護士のもとに届くため、自宅に裁判所からの書面が届くことは基本的になくなります。
訴訟で争うこと自体が有利な選択肢になり得るとしても、弁護士なしでその利益を引き出すのは現実的に困難です。 弁護士をつけてはじめて、裁判例に基づく主張を適切に行い、交渉段階の提示額より有利な結果を得られる可能性が生まれます。
5. 口頭弁論と争点の整理
第1回口頭弁論
答弁書を提出した後、裁判所で第1回口頭弁論期日が開かれます。 トレントの著作権侵害の事案では、東京地方裁判所や大阪地方裁判所など、原告が選択した裁判所に管轄がある場合もあり、被告の住所地とは異なる場所で裁判が行われることがあります。
弁護士に依頼していれば、弁護士が代理で出頭するため、本人が裁判所に行く必要は基本的にありません。
争点の整理
第1回口頭弁論以降、双方が書面でやり取りをしながら、争点を整理していきます。 トレントの著作権侵害の訴訟で争点になりやすいのは、次のような点です。
侵害行為の有無(本当に被告が行ったのか)。 損害額の算定方法(販売価格と利益額の違い、ダウンロード回数の認定、送信可能な状態にあった期間)。 調査費用や弁護士費用の相当性。
交渉段階では、権利者側がこれらの算定根拠を具体的に示さないまま一括の定額を提示してくることがあります。 裁判では、裁判所がこれらの点を一つずつ検証するため、権利者の主張がそのまま通るとは限りません。
6. 和解と判決
和解の提案
訴訟の途中で、裁判所から和解の提案がされることがあります。 和解とは、判決によらずに、双方の合意によって訴訟を終結させることです。
和解が成立すれば、和解調書が作成され、判決と同じ効力を持ちます。
裁判で争点が整理された後の和解は、交渉段階の一括提示とは前提が異なります。 裁判所が双方の主張と証拠を踏まえたうえで和解案を提示するため、交渉段階の一括提示額よりも合理的な水準で解決できることがあります。
判決
和解が成立しなければ、裁判所が判決を言い渡します。
先に挙げた裁判例のとおり、裁判所が認定する損害額は権利者の請求額より大幅に低くなることがあります。 判決に至るまでには弁護士費用や時間がかかりますが、交渉段階の一括提示額をそのまま支払った場合との比較で考えれば、裁判で争った方が総額として有利になるケースは十分にあり得ます。
判決後の流れ
判決に不服がある場合は、控訴することができます。 控訴しなければ、判決は確定します。
判決が確定した後に支払いをしなければ、権利者側が強制執行(給与差押え、預金差押えなど)を申し立てる可能性があります。 給与差押えが実行された場合は、裁判所から勤務先に差押命令が送達されるため、職場に知られることになります。
7. 訴訟にかかる費用と期間
費用
訴訟では、被告側にも次のような費用が発生します。
弁護士費用(答弁書・準備書面の作成、期日出頭、証拠整理)。 裁判所への交通費(弁護士に依頼していれば本人の出頭は基本的に不要)。 敗訴した場合、原告の弁護士費用の一部が損害として認定されることがある。
ただし、弁護士費用を含めても、交渉段階の一括提示額をそのまま支払うより総額が低くなるケースがあります。 特に、複数の権利者から請求を受けている場合は、各社の請求を裁判で争う方が全体の負担を抑えられることがあります。
期間
トレントの著作権侵害の訴訟は、事案の内容にもよりますが、提訴から判決まで半年から1年程度かかることがあります。 和解が成立すれば、それより早く終結することもあります。
8. 訴訟で避けたい対応
訴状を無視すること
訴状を受け取ったのに何もしないのは、最も避けるべき対応です。 欠席判決で権利者の請求がそのまま認容されれば、本来なら大幅に減額される可能性があった金額をそのまま支払う義務が生じます。
弁護士をつけずに自分だけで対応しようとすること
先に述べたとおり、書面の作成、裁判例の引用、期日への出頭をすべて自分で行うのは大きな負担です。 相手方には専門の弁護士がついているため、本人だけで対等に争うのは現実的に困難です。 裁判で争うことの利益を引き出すには、弁護士に依頼することが前提になります。
交渉段階の一括提示額を「裁判になるよりまし」と考えて安易に支払うこと
交渉段階の提示額が裁判で認められる損害額より高い場合、安易に支払うことは合理的とは限りません。 裁判例を踏まえた見通しを弁護士に確認したうえで、対応方針を判断することが重要です。
まとめ
トレントの著作権侵害で訴訟を起こされた場合の流れは、次のとおりです。
訴状は特別送達で自宅に届きます。弁護士に依頼していれば、通常は弁護士のもとに届きます。 答弁書を提出しなければ、欠席判決で権利者の請求がそのまま認容されるおそれがあります。 口頭弁論を経て、和解または判決で終結します。 裁判例では、権利者の請求額より裁判所の認定額が大幅に低いことがあります。 弁護士をつけて裁判で争えば、交渉段階の一括提示額より有利な結果になることがあります。 弁護士なしで訴訟に対応する場合、書面の作成や毎回の出頭をすべて自分で行わなければならず、相手方の専門弁護士と対等に争うのは困難です。 判決確定後に支払いをしなければ、給与差押えにより職場に知られることがあります。
交渉段階で条件交渉に応じてもらえない場合、一括提示額をそのまま支払うことだけが選択肢ではありません。 弁護士をつけて裁判で争うことで、裁判所に損害額を厳密に認定してもらい、交渉段階の提示額より有利な条件で解決できることがあります。
訴状が届いた場合はもちろん、交渉段階の一括提示額に疑問がある場合にも、裁判で争った場合の見通しを含めて弁護士に相談することをおすすめします。
よくある質問
交渉段階の提示額をそのまま払うのと、裁判で争うのと、どちらが有利ですか。 事案によりますが、裁判例では裁判所が認める損害額が交渉段階の提示額より大幅に低いことがあります。弁護士費用を含めても総額が低くなるケースがあるため、裁判例を踏まえた見通しを弁護士に確認することが重要です。
訴状が届いたら、すぐに全額を払わなければなりませんか。 訴状は権利者側の一方的な主張であり、裁判所が認めたものではありません。答弁書を提出して反論すれば、裁判所が認定する金額は権利者の請求額より低くなることがあります。
訴状を無視するとどうなりますか。 答弁書を提出せず、期日にも出頭しなければ、欠席判決で権利者の請求がそのまま認容されるおそれがあります。本来減額される可能性があった金額をそのまま支払う義務が生じるため、無視は避けるべきです。
弁護士なしで裁判に対応できますか。 制度上は可能ですが、準備書面を毎回自分で作成し、平日の日中に裁判所に出頭し、著作権法や裁判例に基づく主張を組み立てる必要があります。相手方には専門の弁護士がついているため、対等に争うのは現実的に困難です。
訴訟を起こされてから弁護士に依頼しても間に合いますか。 間に合います。訴状が届いた後でも弁護士に依頼することは可能です。答弁書の提出期限前に依頼すれば、答弁書の作成から期日への出頭まですべて弁護士が対応できます。
