トレントの著作権侵害で、「時効が過ぎれば請求されないのではないか」「放置していれば逃げ切れるのではないか」と考える方がいます。しかし、民事・刑事それぞれの時効の仕組み、プロバイダのログ保存期間、権利者側の動きのタイミングを正確に理解しなければ、見通しを誤るおそれがあります。時効に関する法的な枠組みと注意点を解説します。
「待っていれば時効になる」という判断は正しいのか
トレントに関する意見照会書や権利者側からの連絡が届いたとき、「対応しなければ、いずれ時効で消えるのではないか」と考える方がいます。
たしかに、民事の損害賠償請求にも刑事の公訴にも時効は存在します。 しかし、トレントの事案で「時効まで待つ」という判断が合理的かどうかは、時効の起算点、ログの保存期間、権利者側の動きのスピードを踏まえて検討する必要があります。
結論から言えば、時効の成立を前提に放置する戦略は、極めてリスクが高いです。 本記事では、その理由を法的な枠組みと実際の流れの両面から解説します。
1. 民事の時効――損害賠償請求権の消滅時効
不法行為に基づく損害賠償請求の時効
トレントの著作権侵害に対する損害賠償請求は、不法行為に基づく請求(民法第709条)です。
不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、次のとおりです。
被害者が損害及び加害者を知った時から3年(民法第724条第1号)。 不法行為の時から20年(民法第724条第2号)。
起算点が重要
ここで注意すべきなのは、3年の消滅時効の起算点は「権利者が損害及び加害者を知った時」であるという点です。
トレントの事案では、権利者側が侵害行為自体を監視システムで把握するのは比較的早い段階ですが、「加害者を知った時」は、発信者情報が開示されて契約者の氏名・住所が判明した時点になると考えられます。
つまり、権利者側が開示請求を進めて発信者情報を取得した時点から3年の時効が進行するのであって、トレントを利用した時点から3年ではありません。
開示手続に時間がかかったとしても、開示を受けた時点から新たに3年の時効が始まるため、「利用したのは何年も前だから時効だろう」という判断は成り立たないことが多いです。
20年の期間制限
不法行為の時から20年という期間制限もありますが、トレントの事案でこの期間が問題になるケースは現時点ではほとんどありません。
2. 刑事の時効――公訴時効
著作権法違反の公訴時効
著作権法違反の罪は、法定刑が10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金です。
公訴時効は、法定刑の長期に応じて定められており、長期が15年未満の懲役にあたる罪は7年です(刑事訴訟法第250条第2項第4号)。
つまり、著作権法違反の公訴時効は犯罪行為が終わった時から7年です。
起算点
公訴時効の起算点は「犯罪行為が終わった時」です。 トレントの場合、ソフトを起動してアップロード(送信可能化)を行っていた最後の時点が基準になると考えられます。
トレントのソフトが自動起動設定になっていた場合、本人が意識していなくても送信可能な状態が続いていた可能性があり、起算点が後ろにずれることがあり得ます。
3. ログの保存期間――時効より先にログが消えるか
プロバイダのログ保存期間
時効の議論とは別に、重要なのがプロバイダのログ保存期間です。
プロバイダが通信ログ(どのIPアドレスをいつ誰に割り当てていたかの記録)を保存している期間は、プロバイダごとに異なりますが、一般的には3か月から1年程度とされています。
ログが消えれば、権利者側がIPアドレスから契約者を特定することが技術的にできなくなります。
ログの消滅=安全ではない
しかし、ログが消える前に権利者側が開示請求を行っていれば、プロバイダはログを保全します。 開示請求がされた時点でログが残っていれば、その後にログの保存期間が経過しても、保全されたログに基づいて契約者の特定が進みます。
また、権利者側の監視システムは、侵害行為をリアルタイムで検知しています。 検知からプロバイダへの開示請求までの期間は、数日から数週間程度で行われることもあり、ログの保存期間内に手続が開始されるケースが多いのが実情です。
したがって、「ログが消えるまで待てば大丈夫」という判断も危険です。
4. 権利者側の動きのタイミング
意見照会書が届くまでの期間
トレントを利用してから意見照会書が届くまでの期間は、事案によって異なりますが、数か月から1年以上かかることがあります。
これは、権利者側の監視・開示請求・プロバイダの対応にそれぞれ時間がかかるためです。 「もう何か月も経ったから大丈夫だろう」と思っていたところに意見照会書が届くというのは、珍しい話ではありません。
開示後の請求までの期間
発信者情報が開示された後、権利者側から損害賠償請求の連絡が届くまでの期間も一定ではありません。 開示直後に連絡が来ることもあれば、数か月後に届くこともあります。
権利者によっては、複数の対象者への請求をまとめて行うため、開示から連絡までに時間がかかることがあります。 この間、「もう来ないだろう」と安心してしまうと、突然の連絡に対応が遅れるおそれがあります。
5. 「時効まで待つ」戦略のリスク
以上を踏まえると、時効の成立を前提に放置することには、次のようなリスクがあります。
民事の時効は開示時点から進行する
トレントの利用時点から3年ではなく、権利者側が発信者情報を取得した時点から3年です。 利用から何年経っていても、開示が最近であれば時効は成立していません。
ログは保全される
権利者側がログの保存期間内に開示請求を行えば、ログは保全されます。 「ログが消えるまで待つ」という判断は、権利者側がすでに手続を開始していれば意味がありません。
放置している間にリスクが上がる
放置している間に、権利者側からの連絡が繰り返し届く可能性があります。 訴訟が提起されれば訴状が自宅に届き、同居の家族に知られるリスクが高まります。 判決後に給与差押えが実行されれば、職場にも知られます。
時効の成立を待つつもりで放置した結果、かえって状況が悪化するということは十分にあり得ます。
刑事の公訴時効も7年ある
著作権法違反の公訴時効は7年であり、短期間で時効が成立するわけではありません。 民事で放置している間に刑事告訴が行われる可能性もあります。
6. 時効が問題になり得る場面
もっとも、すべてのケースで時効が無関係というわけではありません。
古い利用に対する請求
トレントの利用が相当に古く、権利者側の開示請求もかなり以前に行われていたにもかかわらず、長期間にわたって請求がされていなかった場合には、消滅時効が問題になる余地はあります。
時効の援用が必要
消滅時効は、期間が経過しただけでは効力が生じません。 時効の利益を受けるためには、「時効を援用する」という意思表示が必要です(民法第145条)。
時効期間が経過しているかどうかの判断は、起算点の特定を含め、法的な検討が必要です。 自分で「もう時効だろう」と判断するのではなく、弁護士に確認するのが確実です。
まとめ
トレントの著作権侵害に関する時効について、押さえておくべき点は次のとおりです。
民事の消滅時効は、権利者が損害及び加害者を知った時(発信者情報の開示を受けた時点)から3年です。 トレントを利用した時点から3年ではないため、「もう何年も前だから時効だろう」という判断は多くの場合成り立ちません。
刑事の公訴時効は犯罪行為が終わった時から7年であり、短期間で時効が成立するわけではありません。
プロバイダのログは、権利者側が保存期間内に開示請求を行えば保全されます。 ログが消えるまで待つという判断も、権利者側がすでに手続を開始していれば意味がありません。
時効の成立を前提に放置することは、極めてリスクが高い判断です。 放置している間に、権利者側からの連絡が繰り返し届き、訴訟や給与差押えに至れば、同居の家族や職場に知られるリスクも高まります。
意見照会書や権利者側からの連絡が届いた段階で、時効を含めた見通しを弁護士に確認し、放置せずに対応方針を検討することが重要です。
よくある質問
トレントを使ったのは3年以上前ですが、もう時効ですか。 民事の消滅時効は、トレントを利用した時点からではなく、権利者が発信者情報の開示を受けた時点から進行します。利用が3年以上前でも、開示が最近であれば時効は成立していません。
ログが消えていれば特定されませんか。 権利者側がログの保存期間内に開示請求を行っていれば、ログはプロバイダによって保全されます。ログが消えるまで手続が行われていなければ特定は困難になりますが、権利者側の監視・開示請求は比較的短期間で行われることが多いのが実情です。
時効を主張するにはどうすればよいですか。 消滅時効は、期間が経過しただけでは効力が生じません。時効を援用するという意思表示が必要です。時効期間が経過しているかどうかの判断には法的な検討が必要なため、弁護士に確認することをおすすめします。
放置していれば、いずれ請求されなくなりますか。 放置している間に、権利者側が訴訟を提起したり、刑事告訴を行ったりする可能性があります。放置が有利に働くとは限らず、かえってリスクが上がることがあります。
刑事の時効はどのくらいですか。 著作権法違反の公訴時効は犯罪行為が終わった時から7年です。トレントのソフトが自動起動設定になっていた場合、送信可能な状態が続いていた最後の時点が起算点になる可能性があります。
