トレントの著作権侵害で請求される金額と、裁判所が認める損害額には大きな開きがあることがあります。権利者側の提示額をそのまま支払う前に、裁判所がどのような計算式で損害額を算定するのかを知っておくことは不可欠です。著作権法第114条の計算式、「販売価格」と「利益額」の違い、ダウンロード回数の認定方法、裁判例の具体的な数字を解説します。
請求された金額と、裁判で認められる金額は違う
トレントの著作権侵害で権利者側から請求が届いたとき、書面に書かれた金額を見て「これを払わないといけないのか」と考える方がほとんどです。
しかし、権利者側が請求する金額は、権利者側が独自に設定した金額です。 裁判所がその金額をそのまま認めるとは限りません。
実際に裁判で争われた事案を見ると、裁判所が認定した損害額は、権利者の請求額の数分の一、場合によっては数十分の一にとどまることがあります。
この差がなぜ生まれるのかを理解するには、裁判所が使う計算式を知る必要があります。 本記事では、裁判所がトレントの損害額をどのように計算するのかを、条文と裁判例に基づいて具体的に解説します。
1. 裁判所が使う計算式
著作権法第114条第1項
トレントの著作権侵害の損害賠償額は、著作権法第114条の規定に基づいて算定されます。
裁判で用いられる基本的な計算式は次のとおりです。
損害額 = ダウンロード回数 × 1ダウンロードあたりの利益額
この計算式の中には、2つの重要な変数があります。 「ダウンロード回数」と「利益額」です。 権利者側はこの2つの変数をいずれも大きく見積もる傾向がありますが、裁判所はそれぞれについて厳密に認定します。
2. 「利益額」の算定――販売価格がそのまま使われるわけではない
権利者側の主張の傾向
権利者側は、損害額を大きく見せるために、DVD版やBlu-ray版の販売価格(数千円から1万円程度)を基準にして計算を組み立てることがあります。
しかし、裁判所はこの計算をそのまま認めません。
裁判所が認定する「利益額」
裁判所は、次の2段階で利益額を算定しています。
第1段階:販売形態の選択 物理メディア(DVD・Blu-ray)の販売価格ではなく、ダウンロードまたはストリーミング形式の販売価格を基準にします。 物理メディアの価格にはパッケージ製造費、流通費、小売マージン等が含まれており、デジタル配信とは原価が違うためです。
第2段階:利益率の適用 デジタル配信の販売価格に対して、さらに利益率を掛けて利益額を算出します。 販売価格そのものが権利者の利益ではなく、販売価格から配信プラットフォームの手数料等を差し引いた部分が権利者の利益になるためです。
具体例(東京地裁令和5年8月31日判決)
この判決の事案では、次のように算定されました。
対象作品のダウンロード・ストリーミング形式の販売価格:1,450円。 約定配信コンテンツ料率(利益率):38%。 1ダウンロードあたりの利益額:1,450円×38%=約551円。
仮に権利者側がDVD販売価格(たとえば5,000円程度)をそのまま使っていれば、1ダウンロードあたり5,000円で計算されることになります。 裁判所が認定した551円との差は約9倍です。
この利益額の算定だけで、損害額の総額は大きく変わります。
3. 「ダウンロード回数」の認定――全期間の回数がそのまま使われるわけではない
権利者側の主張の傾向
権利者側は、対象ファイルが最初にアップロードされてから現在までの全期間のダウンロード回数を基礎にして、損害額を計算しようとすることがあります。
たとえば、あるファイルが1年間で5,000回ダウンロードされていた場合、権利者は5,000回×販売価格で損害を主張します。
裁判所が認定するダウンロード回数
しかし、裁判所は全期間のダウンロード回数をそのまま認めません。
裁判所は、その利用者がトレントを通じてファイルを送信可能な状態に置いていた期間に限定してダウンロード回数を認定します。
具体的には、多くの場合、次のような期間に絞られます。
トレントクライアントソフトを起動してファイルを共有し始めた時点から、プロバイダから意見照会書を受け取ってトレントの利用を停止した時点まで。
具体例(東京地裁令和5年8月31日判決)
この判決の事案では、権利者は全期間のダウンロード回数として5,053回を主張しました。 これに販売価格を掛けると、278万円を超える損害額になります。
しかし、裁判所は、利用者が送信可能な状態にしていた期間に限定してダウンロード回数を認定しました。 その結果、認定された損害賠償債務は3万円を超えないと判断されました。
全期間の5,053回と、利用者の送信可能期間に限定した回数との差は極めて大きく、損害額にして278万円と3万円の差が生じています。
4. 計算式に当てはめるとどうなるか
1作品・短期間の利用の場合
仮に、次のような条件で計算してみます。
対象作品:1作品。 ダウンロード販売価格:1,500円。 利益率:38%(前記裁判例の数値を参考)。 利用者が送信可能な状態にしていた期間のダウンロード回数:10回。
この場合の損害額は次のようになります。
1,500円 × 38% × 10回 = 5,700円
仮にダウンロード回数が50回だったとしても、
1,500円 × 38% × 50回 = 28,500円
裁判例の利益率とダウンロード回数の認定方法を当てはめると、1作品・短期間の利用で損害額が数十万円に達することは考えにくいということがわかります。
権利者側の計算との差
権利者側が、同じ作品について、DVD販売価格5,000円×全期間のダウンロード回数1,000回で計算すれば、主張する損害額は500万円になります。
裁判所の計算式で認定される5,700円から28,500円との差は歴然です。
もちろん、利益率やダウンロード回数は事案ごとに異なりますし、この計算はあくまで参考値です。 しかし、権利者側の請求額をそのまま受け入れるべきかどうかを判断するうえで、この差を理解しておくことは不可欠です。
5. 裁判例の具体的な数字
知財高裁令和4年4月20日判決
1人あたり約1万6,000円から6万円台の損害が認容されました。
この判決は、トレントの利用者に法的責任があることを明確にしつつも、損害額の算定では利益額を基準にし、ダウンロード回数も限定して認定しています。
東京地裁令和5年8月31日判決
権利者が278万円を超える損害を主張したのに対し、裁判所が認めた損害賠償債務は3万円を超えないと判断されました。
権利者側は全期間のダウンロード回数(5,053回)と販売価格を基礎に損害を計算していましたが、裁判所は送信可能期間に限定し、利益率も適用したうえで3万円を超えないと認定しています。
これらの裁判例が意味すること
権利者側が数十万円から数百万円の損害を主張していても、裁判所がそのまま認めるわけではありません。 裁判所は、計算式の各要素を厳密に認定します。
その結果、裁判で争えば認定額が大幅に下がる可能性があるということです。
6. 作品数が多い場合はどうなるか
損害額は作品ごとに積み上がる
ここまでは1作品の場合を前提に解説してきましたが、複数の作品をダウンロードしていた場合は、作品ごとに損害額が計算され、合計額が請求されます。
たとえば、10作品について請求を受けた場合、1作品あたりの損害額が3万円だとすれば合計30万円、5,000円だとすれば合計5万円になります。
作品数と利用期間が判断の分かれ目
1作品・短期間であれば、裁判で争った方が有利になる可能性が高いです。
逆に、多数の作品を長期間にわたってダウンロードし、送信可能な状態を続けていた場合は、損害額が積み上がるため、個別に検討する必要があります。
自分の場合に裁判で争うべきかどうかは、対象作品の数と利用期間を踏まえて、計算式に当てはめたうえで弁護士に確認するのが確実です。
7. 権利者の請求額を受け入れる前に確認すべきこと
権利者側から請求が届いたとき、次の点を確認することで、その金額が妥当かどうかを判断する手がかりが得られます。
算定の基礎: 販売価格と利益額のどちらが基準になっているか。物理メディア価格かデジタル配信価格か。
ダウンロード回数: 全期間の回数か、自分が送信可能な状態にしていた期間に限定した回数か。
対象作品数: 何作品について請求されているか。1作品あたりの単価がいくらで計算されているか。
裁判例との比較: 同種事案の裁判で認定された金額と比べて、提示額がどの程度の水準にあるか。
これらを確認しないまま提示額に応じると、裁判例に照らして適正とは言いがたい金額を支払うことになりかねません。
まとめ
トレントの著作権侵害で権利者側が請求する金額と、裁判所が認める損害額には、大きな開きがあることがあります。
裁判所は、販売価格ではなく利益額を基準に損害を算定します。 ダウンロード回数は、利用者が送信可能な状態にしていた期間に限定して認定されます。 裁判例では、1人あたり数万円程度、あるいは3万円を超えないと判断された事案があります。 権利者が数十万円を請求していても、裁判で認められる金額がそれを大幅に下回ることがあります。
権利者側が個別の条件交渉に応じる保証はないため、提示額に納得できない場合、交渉で下がるとは限りません。 だからこそ、裁判で争った場合に裁判所がどの計算式で損害額を認定するのかを理解しておくことが重要です。
よほどの作品数を長期間にわたってダウンロードしていたような事情がない限り、裁判で争う方が得策であることが多いです。 請求が届いた段階で、計算式と裁判例を踏まえた見通しを弁護士に確認し、対応方針を判断することをおすすめします。
よくある質問
権利者から40万円を請求されましたが、裁判で争えばいくらになりますか。 裁判所は、ダウンロード回数×1ダウンロードあたりの利益額で算定します。1作品・短期間の利用であれば、裁判例に照らして数万円程度にとどまる可能性があります。ただし、作品数や利用期間によって変わるため、個別に弁護士に確認するのが確実です。
販売価格が5,000円の作品なのに、なぜ損害額が数千円になるのですか。 裁判所は物理メディアの販売価格ではなく、デジタル配信の販売価格を基準にし、さらに利益率を掛けて利益額を算出します。販売価格がそのまま損害額になるわけではありません。
ダウンロード回数が1,000回と言われましたが、本当ですか。 権利者側は全期間のダウンロード回数を主張することがありますが、裁判所は利用者が送信可能な状態にしていた期間に限定して回数を認定します。全期間の1,000回がそのまま認定されるわけではありません。
作品数が多い場合は裁判で争わない方がよいですか。 作品数が多い場合は損害額が積み上がるため、個別の検討が必要です。ただし、1作品あたりの損害額が権利者の提示額より大幅に低い可能性は変わらないため、計算式に当てはめた見通しを弁護士に確認することが重要です。
計算式を知っていれば自分で裁判に対応できますか。 計算式自体は理解できても、裁判では準備書面を毎回作成し、裁判例を正確に引用し、平日に裁判所に出頭する必要があります。相手方には専門の弁護士がついているため、弁護士に依頼して対応する方が現実的です。
