交通事故の過失割合は、多くの場合、判例タイムズ社「別冊判例タイムズ 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」(判例タイムズ社)という書籍の図を当てはめて算定されます。この書籍は、裁判所の交通部で作成された、交通事故実務の標準的な基準書です。
この基準書は、令和8年3月30日、12年ぶりに改訂されました。最新版は「別冊判例タイムズ39号(全訂6版)」です。それまでの「別冊判例タイムズ38号(全訂5版)」(平成26年7月発行)は、改訂版の刊行により、最新の実務基準ではなくなりました。
にもかかわらず、現時点で保険会社から提示される過失割合の多くは、いまだ旧版である38号に基づいています。保険会社の提示書面に「別冊判例タイムズ38号」の文字がある場合、その数字は最新の基準とは限りません。
このページは、39号への改訂がなぜ重要か、旧版に基づく提示をどう争うか、実務の視点から説明します。
1 交通事故の過失割合がどのように決まっているか
交通事故で相手方保険会社から「過失割合は30:70です」といった提示を受けたとき、その数字は担当者が独自に決めたものではありません。別冊判例タイムズに掲載された図を当てはめて出しています。
別冊判例タイムズは、昭和44年初版以降、交通事故の過失相殺率に関する裁判実務を集約した書籍です。歩行者と車両の事故、四輪車同士の事故、単車と四輪車の事故、自転車が関係する事故、高速道路上の事故、駐車場内の事故について、事故態様ごとに「基本過失割合」と「修正要素」を示した図が200以上掲載されています。裁判所、保険会社、弁護士は、この書籍の図を参照して過失割合を論じます。
この書籍は、交通社会の変化や裁判例の集積を踏まえて改訂されてきました。過去の改訂は次のとおりです。
昭和44年 初版 昭和54年 全訂版 平成元年 全訂2版 平成5年 全訂3版 平成16年 全訂4版 平成26年7月 全訂5版(別冊判例タイムズ38号) 令和8年3月 全訂6版(別冊判例タイムズ39号)
38号から39号まで、12年が経過しています。この12年の間に、自転車の交通事故をめぐる判例の蓄積、高齢運転者・高齢歩行者の事故の増加、高速道路の逆走事故、駐車場内事故の増加といった交通社会の変化が積み重なりました。39号はこれらを踏まえた改訂です。
2 38号から39号への主な改訂点
判例タイムズ社が公表している改訂のポイントは次のとおりです。
・歩行者と四輪車・単車との事故の基準改訂 ・歩行者と自転車との事故の基準改訂 ・四輪車同士の事故の基準改訂 ・単車と四輪車との事故の基準改訂 ・自転車と四輪車・単車との事故の基準改訂 ・自転車同士の事故の基準の新規作成 ・高速道路上の事故の基準改訂 ・駐車場内の事故の基準改訂 ・修正要素の「高齢者」の取扱いの変更
特に注目すべきは2点です。
第一に、自転車同士の事故の基準が新たに作成されたこと。38号までは、自転車同士の事故について体系的な図は存在しませんでした。裁判実務では、自動車同士の事故の図を類推適用するなどして処理していました。39号で独立した章が設けられたことで、自転車同士の事故の過失割合は、今後、より明確な基準で論じられます。
第二に、修正要素の「高齢者」の取扱いが変更されたこと。従来、横断歩行者が高齢者である場合、自動車側に不利な修正(歩行者側の過失を軽くする方向)が加えられていました。高齢者の事故の実態を踏まえた改訂がなされています。
このほか、個別の図についても、基本過失割合の数値そのものが変わっているもの、修正要素の内容が変わっているもの、新しい図が追加されたものが多数あります。
3 39号で変わる事故類型と変わらない事故類型
ここで重要なのは、39号への改訂で過失割合が動く事故と、動かない事故があるという点です。
38号と39号では、大多数の類型について、基本過失割合の数値は大きくは変わっていません。たとえば、信号のある交差点での四輪車同士の直進対直進の事故、明らかな追突事故、一時停止規制のある側の車両が停止せずに進入した事故などは、基本過失割合が旧版と同一または近似しています。これらの類型については、38号を前提とした提示であっても、39号で再計算して数字が動くわけではありません。
一方で、改訂の影響を受ける類型は次のようなものです。
(1)自転車が関係する事故 自転車と四輪車・単車の事故、自転車と歩行者の事故は改訂の対象となっています。また、従来は体系的な図のなかった自転車同士の事故について、39号で新たに基準が作成されました。自転車事故の被害者は、39号で再検討する価値があります。
(2)高齢歩行者または高齢運転者が関係する事故 修正要素の「高齢者」の取扱いが変わっています。従来、ほぼ機械的に加算されていた修正について、39号では別の整理に変わっている可能性があります。
(3)駐車場内の事故 商業施設や共同住宅の駐車場内の事故について、38号の基準は実情と乖離が指摘されてきました。39号では駐車場内事故の基準が改訂されています。
(4)歩行者と車両の事故のうち一部 歩行者事故のうち、高齢化や交通マナーの変化を踏まえて改訂された類型があります。
自分の事故がこれらの類型に当てはまる場合は、39号の基準で再検討する余地があります。逆に、これらに該当しない一般的な四輪車同士の事故などでは、39号による再計算で大きく数字が動くことは期待できません。
提示された過失割合を争うかどうかは、改訂の影響を受ける類型に該当するかを見極めたうえで判断する必要があります。
4 旧版と新版で過失割合が変わる場面
38号と39号で過失割合が変わる具体的な場面は、前項で述べた改訂対象類型の中にあります。当事務所では、依頼者の事故態様が改訂対象に該当するかをまず確認し、該当する場合には39号の該当図と修正要素の取扱いに基づいて再計算します。
該当しない場合は、39号への改訂を持ち出すのではなく、図の選択(どの図を当てはめるか自体の争い)、修正要素の具体的な当てはめ、類似の裁判例の援用といった別の切り口で検討します。いずれにしても、保険会社の提示をそのまま受け入れる前に、争う余地があるかを具体的に検討する意義はあります。
5 旧版のままでは示談の適正額が分からない場合がある
交通事故の示談交渉で最も重要なのは、裁判になった場合の過失割合を前提に、示談金額が妥当かを判断することです。
改訂対象類型(自転車事故、高齢者関係、駐車場内事故など)に該当する場合、旧版の38号に基づく提示をそのまま受け入れると、最新の実務基準から乖離した水準で合意してしまう可能性があります。
たとえば、改訂の影響で被害者側の過失が「30」から「20」に動く事案では、総損害額500万円であれば受領額は350万円から400万円に、総損害額1000万円であれば350万円から450万円に動きます。10パーセントの過失割合の違いは、受領額で数十万〜数百万円の違いとなって現れます。
自分の事故が改訂対象類型に当たるかどうか、39号で数字が動く可能性があるかどうかは、示談前に確認しておく価値があります。
6 署名前に確認すべき事項
保険会社から示談書が届いた段階で、署名する前に次の点を確認してください。
・提示の根拠となっている別冊判例タイムズは、38号(全訂5版)か、39号(全訂6版)か ・本件事故態様が、38号から39号への改訂で影響を受ける類型(自転車関係、高齢者関係、駐車場内事故など)に該当するか ・該当する場合、39号に基づけば過失割合は何パーセントになる可能性があるか ・修正要素(特に高齢者関係)の取扱いは、39号に準拠しているか ・該当しない場合でも、図の選択や修正要素の当てはめで争う余地はないか
示談書に署名してしまうと、後から過失割合を争うのは極めて困難になります。錯誤による取消し(民法95条)という手段は理論上ありますが、実際に覆すのは容易ではありません。
署名前の確認こそが、決定的に重要な場面です。
7 当事務所の取組み
当事務所は、別冊判例タイムズ39号(全訂6版、令和8年3月30日発行、判例タイムズ社)を導入し、事故類型ごとの改訂点を踏まえて示談交渉・訴訟に対応しています。
依頼者の事故が改訂の影響を受ける類型に該当する場合は、39号に基づく再計算を行います。該当しない場合であっても、図の選択、修正要素の当てはめ、類似裁判例の援用といった観点から、争う余地の有無を具体的に検討します。そのうえで、示談を受け入れた場合の受領額と、争った場合に見込める受領額とを、数字で依頼者にお示しします。
交通事故の過失割合で納得のいかない提示を受けている方、示談書が届いてどう判断すべきか分からない方は、保険会社からの書面、事故現場の資料、診断書、ドライブレコーダー映像など、手元にある資料をご持参のうえ、ご相談ください。
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