細かい計算式が書かれた書面を見て、不安になった方へ
権利者側の代理人弁護士から届いた書面に、次のような計算が書かれていることがあります。
「侵害確認時のダウンロード完了数2,000件、現在のダウンロード完了数3,000件、期間中1,000件。販売価格4,000円、利益率20%。計80万円」
これまでの書面は「損害は少なくとも50万円を下らない」といった書き方が中心でした。
それに比べると、数字が細かく並んでいるぶん、もっともらしく見えます。
請求額より計算結果の方が大きいと、「本当はもっと払わなければならないのに、これで済ませてもらえるのか」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、この計算は、権利者側が自分たちの立場から選んだ数字を掛け合わせたものです。
裁判所が損害額を認定するときの考え方とは、いくつかの点で食い違っています。
この記事では、書面に書かれた計算のどこに注意すべきかを、裁判所の計算方法と比べながら説明します。
1. 書面に書かれている計算の中身
「侵害確認時」と「現在」のダウンロード完了数の差を数えている
BitTorrentでは、ファイルのダウンロードを100%終えた利用者の数が、トラッカーサイト上で「Completed(完了)」として数えられています。
最近の書面では、権利者側が利用者の通信を確認した日の完了数と、書面作成の直前の完了数を比べ、その差を「期間中のダウンロード数」として扱うものがあります。
確認日から2年近く経っていることも珍しくなく、その間に増えた数がすべて計算に入れられます。
販売価格と利益率を掛けている
この差に作品の販売価格を掛け、さらに利益率(20%とされることが多いようです)を掛けて、損害額を出しています。
書面によっては、「100%未満でも再生はできるので、実際の被害は完了数より多い」「Completedになる前に接続を切る利用者も多い」といった説明が添えられています。
計算結果と請求額が一致していないこともある
計算結果の合計が請求額を大きく上回っている書面もあります。
計算で出た金額と請求額の関係は書かれていないことが多く、「計算上はもっと高いが、この金額で解決できる」という見せ方になっています。
最初に大きな数字を見せられると、その後に示された金額が小さく感じられます。
心理学では「アンカリング」と呼ばれる効果です。
ここで大切なのは、計算結果の大きさに引きずられず、計算の一つひとつの数字が正しいかを見ることです。
2. この計算で見落とされている点
完了数の増加は、その作品を共有していた全員の結果
BitTorrentでは、同じファイルを多数の利用者が同時に共有し、互いにデータの断片(ピース)をやり取りします。
2年近くの間に増えたダウンロード完了数は、その期間にそのファイルを共有していた全員によるものです。
1人の利用者が、増えた分のすべてについて責任を負うという考え方には根拠が示されていません。
当事務所では、利用者の寄与は共有していた人数で按分して考えるべきだと主張しています。
利用をやめた後の増加分まで数えられている
利用者がトレントの利用をやめた後も、ファイルはほかの利用者の間で共有され続けます。
その間に増えた完了数は、すでに利用をやめた方とは関係がありません。
裁判所は、利用者が送信可能な状態にしていた期間に限ってダウンロード回数を認定する傾向にあります。
いつ利用をやめたかは、損害額を左右する大切な事情です。
販売価格と利益率の根拠が示されていない
書面に書かれる販売価格が、DVDなどの販売価格なのか、配信の販売価格なのかがはっきりしないことがあります。
利益率についても、なぜその数字になるのかの根拠が示されていないことがほとんどです。
裁判所は、物理メディアの販売価格ではなく、ダウンロードや配信の販売価格を基準にし、そのうえで利益率を掛けて1ダウンロードあたりの利益額を出しています。
どの価格に、どの根拠で、どの率を掛けるのかによって、結果は大きく変わります。
「100%未満でも再生できる」という説明について
権利者側は、完了数以上の被害があると主張するためにこの説明を添えています。
しかし、これは被害が多い可能性を述べているにすぎません。
その利用者が実際にどれだけのデータを送信したのかを示すものではありません。
3. 裁判所はどのように計算しているのか
裁判所は、著作権法第114条に基づいて損害額を算定します。
基本となる考え方は次のとおりです。
損害額 = ダウンロード回数 × 1ダウンロードあたりの利益額
書面の計算と似ていますが、それぞれの数字の決め方が違います。
東京地裁令和5年8月31日判決の事案では、権利者が全期間のダウンロード回数として5,053回を主張し、278万円を超える損害を主張しました。
これに対し、裁判所は、利用者が送信可能な状態にしていた期間に限ってダウンロード回数を認定し、配信の販売価格に利益率を掛けて利益額を算定しました。
その結果、損害賠償債務は3万円を超えないと判断されています。
知財高裁令和4年4月20日判決でも、利益額を基準とし、ダウンロード回数を限定して認定した結果、1人あたり約1万6,000円から6万円台の損害が認められています。
これらの結果は、裁判になれば自動的にこの金額になるという意味ではありません。
利用者側が、ダウンロード回数の限定、利益額の算定方法、共有者による按分といった点を具体的に主張し、証拠に基づいて争ったことで得られた結果です。
主張の内容と準備の質によって、結論は変わります。
4. 計算式が書かれていることは、反論の手がかりにもなる
「少なくとも50万円」としか書かれていない書面では、どこを争えばよいのかが見えにくいものです。
一方で、計算式が示されている書面では、完了数、期間、販売価格、利益率のそれぞれについて、根拠を確認することができます。
当事務所では、このような書面を受け取った場合、次のような資料の開示を求めることがあります。
・権利者側が確認したIPアドレス、ポート番号、日時と、プロバイダから開示された通信との対応関係
・対象となった作品に対応するInfoHash
・調査端末が実際にその利用者から取得したピースとデータ量の記録
・ダウンロード完了数の増加分と、その利用者の行為との関係を示す資料
・利益率の根拠
・実際に支出した調査費用の額
これらが示されない限り、書面の計算をそのまま受け入れる理由はありません。
権利者側の多くは、一人ひとりの事情に合わせた個別の交渉には応じない姿勢をとっています。
そのため、示談で金額が大きく下がることは期待しにくく、裁判で争った方が結果として負担が小さくなる場合があります。
当事務所が対応した案件でも、権利者側の提示額から数万円から十数万円程度にまで減額された解決に至っています。
5. 「刑事事件化」「家宅捜索」と書かれている場合
計算式と並んで、「和解できない場合には刑事事件化を目指す」「すでに数件の家宅捜索が行われている」といった記載がある書面もあります。
こうした記載を見ると、支払いを急がなければならないように感じるかもしれません。
しかし、これらの記載は、損害額の計算が正しいことを示すものではありません。
当事務所では、弁護士が介入した後に刑事事件として立件された案件は一度もありません。
不安を感じたまま、書面の金額をそのまま支払ってしまう前に、計算の根拠を確かめることをおすすめします。
6. 書面が届いたときに確認しておきたいこと
書面に計算式が書かれていた場合は、次の点を手元で整理しておくと、弁護士への相談がスムーズになります。
・書面に書かれた侵害確認の日時と作品の品番
・プロバイダから届いた意見照会書や開示通知の日付と事件番号
・トレントの利用をやめたおおよその時期
・ほかの権利者から書面が届いているかどうか
・書面に書かれた支払期限
支払期限が書かれていても、期限内に支払わなければ直ちに不利益が生じるとは限りません。
ただし、放置すると訴訟を起こされる可能性があるため、期限を過ぎる前に弁護士に相談しておくと安心です。
まとめ
「ダウンロード完了数×販売価格×利益率」という計算は、一見すると客観的に見えます。
しかし、ファイルを共有していた全員の結果を1人に負わせている点、利用をやめた後の期間まで含めている点、販売価格や利益率の根拠が示されていない点で、裁判所の考え方とは異なります。
裁判例では、利用者側が具体的に主張したことで、損害額が数万円程度にとどまったものもあります。
書面に書かれた金額を払う前に、計算の一つひとつを確かめることが、納得のいく解決につながります。
よくある質問
Q. 書面の計算では80万円になるのに、請求は50万円でした。安くしてもらえているのでしょうか。
A. 計算結果より請求額が低いと、得をしたように感じるかもしれません。
しかし、計算の前提となるダウンロード数や利益率に根拠が示されていなければ、80万円という数字自体が裁判所の認定とかけ離れている可能性があります。
請求額が計算結果より低いことは、請求額が適正であることを意味しません。
Q. ダウンロード完了数は第三者のサイトに表示されている数字なので、正しいのではないですか。
A. 表示されている数字そのものが正しいとしても、それはそのファイルを共有していたすべての利用者によるダウンロードの合計です。
特定の1人の行為によってその数が増えたことを示すものではありません。
Q. 利益率20%は控えめな数字ではないのですか。
A. 利益率は、何の価格を基準にするかとあわせて考える必要があります。
裁判所は、配信の販売価格を基準にし、証拠に基づいて利益額を認定しています。
率だけを見て高い低いを判断するのではなく、基準となる価格と根拠の両方を確認することが大切です。
Q. 計算式が書かれていると、裁判になったときに不利になりますか。
A. 計算式が示されていることで、かえって争うべき点がはっきりすることがあります。
完了数の増加分、期間、価格、利益率のそれぞれについて、裁判所の考え方に沿って反論することができます。
Q. 自分で権利者側に計算の根拠を問い合わせてもよいですか。
A. ご本人が直接連絡すると、利用を認める発言や支払いの約束と受け取られる言葉が記録に残ることがあります。
問い合わせや資料の開示請求は、弁護士を通じて行う方が安全です。
弁護士費用については、お問い合わせフォームからご相談ください。
あいち岡崎法律事務所
〒444-0864 愛知県岡崎市明大寺町字的場13-1 My Station Okazaki East 601
電話:0564-73-3487
FAX:050-3172-6485
受付時間:平日9:00〜17:00
アクセス:名鉄東岡崎駅南口徒歩30秒
